にゃもやま話 その4 花太郎を想う
昨日は家猫花太郎の命日だった。
もう6年。
桜の舞い散る頃に旅立った。
花ちゃんは、元野良の元ちゃんが家猫になってから産んだ猫だった。
元ちゃんは保護してからは家の中で飼っていたのだが、ある時二階のベランダで野良猫コボロと仲良くつるんでいるのを目撃!
やばい、いつの間に外に出たんだ⁈
あ、網戸が開いてる、自分で開けて出たらしい。
しまった、迂闊だった。
元ちゃんは、保護した時に後ろ脚を引きずっていた。
動物病院では身体に麻痺がある子はリスクがあって麻酔が使えないから避妊手術ができないと言われ、外に出さないように気をつけていた。
時はまさに恋の季節、元ちゃんはアオンアオン鳴いて外に出たがっていた。
可哀想で仕方なかったが、心を鬼にして部屋に閉じ込めていた。
なのになのに…
でも、妊娠するとも限らないし…
それからは、毎日ドキドキしながら元ちゃんの様子を見ていた。
あれよあれよという間にお腹が膨らんできた。
覚悟を決めた。
もう産むしかない、いや、私が産むんじゃない。
元ちゃんに産んでもらうしかない。
そして、2008年5月23日、元ちゃんは4匹の子猫を産んだ。
男の子3匹と女の子1匹。
めちゃくちゃ可愛かった。
男の子は、はな黒(後の花太郎)、のらくろ(後の鉄太郎)、コボジュ(後に里親さんにタケオくんと名付けられる)、女の子はお千(おせん 既に決まっていた里親さんがつけてくれた)と名付けた。
元ちゃんが妊娠してから、出産、子育てまで、11畳程の私の部屋で一緒に過ごしたので、私はすぐ側でずっと見守ることができた。
ほんとうに幸せな時間だった。
3ヶ月ほど、母子(と私)は一緒に過ごし、おせんちゃんと、コボジュの2匹が里親さんにもらわれていった。
最初は花ちゃんがもらわれる予定だったが、里親さんがコボジュの方を気に入って連れて行った。
それからは、元ちゃん、花ちゃん、鉄ちゃんの3匹で私の部屋で暮らした。
当時、家の中には他に2匹の猫がいて、相性もあったり、子猫たちのいたずら(電気のコードは全てかじり切ってしまう鉄ちゃん、レジ袋を食べてしまう花ちゃん)もあり、ほとんどを私の部屋で過ごした。
花ちゃんは7歳を過ぎた頃からだったか、糖尿病を患い、自宅でインシュリン注射を打つ生活を4年半続けた。
動物病院にも頻繁に通い、血糖値を測りながらインシュリンを打った。
尿の検査紙も毎日チェックした。
一度は寛解状態になり、先生からも良く頑張ったねと花ちゃんも私も褒めてもらった。
なのに…
寛解からしばらくして状態がまた悪くなり、血糖値のコントロールができずに亡くなってしまった。
朝一番の動物病院で、なす術もなく、帰りの車の中で旅立ってしまった。
部屋に戻った私は、動かなくなった花ちゃんを抱いて泣き続けた。
寛解と言われ、油断していた私が悪かったと今でも後悔している。
花ちゃんはあんなに頑張ったのに。
インシュリン注射をする時、決まって座る椅子。
私が座り、花ちゃんを呼ぶとぴょんと私の膝の上に飛び乗ってくれる。
「いい子だね、チクンしようね」
花ちゃんは穏やかな顔で私を見て、身体を預けてじっとしている。
チクンが終わると、もういい?という顔をして私を見て膝から降りる。
ほんとうにいい子だった。
12歳目前で旅立った。
もっと長生きさせてやりたかった。
いつまでも後悔ばかりが残る。
花ちゃんを抱いて座った椅子を見るたびに姿が見えて泣けてくる。
元ちゃんの出産からもうすぐ18年。
元気にしてくれているのは猫作家の小嶋さんのお宅にもらわれて行った、おせんちゃんだけになってしまった。
タケオくんは、里親さんのお宅で病気で亡くなってしまった。
6歳だった。
花ちゃんの後、母猫の元ちゃんが2022年の10月31日に、2023年の5月13日に、15歳目前で鉄ちゃんが旅立った。
3匹と一緒に過ごした部屋、今は使っていない。
荷物はあの時のまま、猫たちがバリバリに剥がした壁紙もあの時のまま。
時間が止まったままだ。
毎日お水をあげ、花を飾っていた。
それぞれの子が気に入っていた場所に目をやると、私をじっと見つめる姿が浮かぶ。
あの幸せだった時に戻りたいなぁ。
おせんちゃんには元気で長生きしてもらいたい。
幸せな時間をありがとうね。

3匹とも私の布団に入って寝たが、花ちゃんはいつも顔をくっつけてくれた

左から、元ちゃん花ちゃん鉄ちゃん



中に凹凸があって食べにくいお皿
ガツガツ食べないように
好きなだけ、食べさせてあげたかったな

いつも外を見ていた
18年前に綴ったブログ。
元ちゃんの出産、子育ての事を記事にしています。
今は更新していませんが、保存していただいてます。
今以上に稚拙な文章ですが、見ていただけると嬉しいです。
ご覧いただきありがとうございました。
