見出し画像

短編 : 『 決断 』 #シロクマ文芸部

(約1,000字)


 三月は、好きなように生きるよ


 アイスティーのストローに口をつけかけていたマミちゃんは、グラスを音がしないように両手で押さえてから咳払いをした。ゆっくりと時間をかけて腕組みする

 「あのね、あなたは今だって十分に好きなように生きてるよ。分かりやすいくらい」

 「そうかな。色んなこと、我慢してる。行きたい場所も、やりたい事も半分くらいは制限して慎ましくしてるつもりだけど」


 私は自意識過剰なんだろうか。知らないお店に入って、他にも座席があるのに隣に座られるとパーソナルスペースを侵害された気がして、のんびり寛げない。そのつもりで持ち込んだ本も開かないまま、会計を済ます。知らない人との距離が近過ぎると、日頃のなんの能力も要らない事すら、うまくいかない。気心がしれた人にはなんともないのに


 「気分とか、感情表現とか?他人が受け取れるくらいハッキリ言うし、前にワガママを言わないって『仲良し』に話して引かれてたじゃない」


 ああ、そうだ、他人から見れば、私が心で思う倍くらい、私は正直なんだった。新しい月の始まりはソワソワした気分が訪れて、なんでも出来そうな気持ちを運んでくる

 思い切ってマミちゃんに話そうか。私たちは若くない。学生時代のキャーキャー騒いでいた夜の不思議をかけがえのない思い出の箱の中に鍵を掛けたまま生きていく

 「今更、時間を取り戻すことは出来ないけど、他の人が普通にできていることをやろうと思うの」

 マミちゃんはアイスティーに浮かんだハーブの葉をそっと摘んで、匂いを確かめていた。それは彼女なりの静かな了解の合図だ。目を細めてから飲み物に口をつけ、心なしか指先が軽やかにリズムを刻んでいる


 「なんでも遅いってことはないよ。あなたはワンテンポずれてしまうけれど、人より上手く立ち回れるからさ。他人を傷つけないようにする配慮でそうなるんだって、分かってるから」


 涙が目の淵まで上がってくる。花粉症セットの巾着袋を取り出して、ティッシュケースを探る。感情を隠すのに、ちょうどいい季節だ 


 「お見合いなんて大袈裟じゃないけどさ。親が望んだことには応えたいんだ。こんな薹がたったひとに需要なんてほぼないだろうから、機会があればがんばってみるよ」


 生きづらい原因が、戸籍が生まれたときと変わらないからで、それに変化があれば人生が変わるかもしれない


 新しい季節は、いい変化がありますようにとスケジュールの空いた手帳が呼んでいる


                おしまい



 ※半分くらいフィクションです




↓こちらの企画に参加します

「三月は」から始まる
小説・詩歌・エッセイの企画です。

締切は3/4(水)23:59。
作品には #シロクマ文芸部 をつけてください。

他の参加作品1つ以上に
コメントするのがご参加条件です。




いいなと思ったら応援しよう!