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短編 : 晴る  #シロクマ文芸部

(約1,500字)




 晴れた日に旧友からの手紙が届いた。裏返した薄い半透明な萌葱色には、見慣れない名前が丁寧に書かれていた


 誰だろう?


 ざらりとした感覚が胸をよぎったが、その筆の上を指でなぞると、光る照り返しの模様がカーテンからポトスのグリーンの影を落とした明るいテーブルを囲んだ夏休みが戻ってきた。その頃、熱い夢を語った私たちの夏は永遠に無敵だった


 カイザキサエの名前に覚えはないが、御薗サエならば夢を同じくした幼なじみだ。手紙の万年筆は無敵だったあの頃のあの文字をそのまま宿していた


 知らない町の知らない名前。私が過ごしていた30数年の中に、彼女の思い出はしっかりと引き出しの中に息づいている。苗字が変わったのは、パートナーに恵まれて幸せな人生を歩んでいることなのだろう。単純な私はそう判断した


 封を切ってみると、短い文章が書かれていた。


 まいちゃん、元気でやっていますか。
 海沿いの街で、カフェを開きました。
よかったら、遊びに来てください。地元の駅からの地図は手書きです。分かりやすいでしょ?まいちゃんでも迷わない一本道です。私は元気です。
 楽しみに待っています。

 地元の駅の名前も、初めて見る字が並んでいた。封筒を傾けると、そこまでの切符が一枚、飛び出してきた。私の住所と名前がそのままで、思わず笑ってしまった

 切符が無駄になったらどうするんだ。彼女らしいところが夢を語った夏休みの笑顔と一緒に同封されていた。片田舎の平凡な中学生は、美味しいご飯とオヤツのランキングを考えて過ごす休日を過ごした。安価なパスタがご馳走で、いつの日か二人で質素でも可愛らしいケーキ屋を開こうと話した。そこには私たち二人の他に青写真はなかった


 すぐに小さな荷物をまとめ、何も考えずに駅に向かっていた。お土産はいつも旅先の人へ差し上げると決めた羊羹にしよう。駅から彼女が届けてくれた贈り物で改札を抜け、一番早い列車に乗り込んだ


 晴れの天気予報は気持ちが軽く歌い出したくなるほど、水平線まで見渡せる景色を車窓から望める。あの頃の私たちは、誰かに邪魔されることなく勉強と、近くの馬鹿げたトラブルを笑いながら生きていた

 
 幼なじみの言葉通りの一本道の先に、そのカフェは現れた


 ーカフェというより、一軒家だなー


 お店の前には車椅子の女性と大きく跳ねるボールを持った女の子がいた。それまでの軽い緊張感が、ピリッと襟を正すのに似たものに形を変えるのを認めざるを得なかった


 女性と女の子は、大きく手を振った。静かに波の音が聞こえる


 「手紙もらって、すぐに来ちゃった。サエちゃん、久しぶりだね」
 私は「元気そう」だという単語を飲み込んでいた。それは彼女の足元の様子で口から出していい言葉だとは違うと瞬時に悟ってしまった


 「うん、久しぶり。遠くまで、よく来てくれたわね。この子、ヒナタ、日向ぼっこのヒナタよ」

 こんにちは、と私が視線を送る前にヒナタは握手を求めて、「こんちは」を私にくれた


 「ああ、半年前に事故でね、こうなんだけど、彼が喫茶店をやりたいって脱サラして、まぁ、こんな感じ?この子がいてくれたから、なんとかなってるの」

 
 誰が望むだろう 

 不幸と引き換えに、夢を


 夢を叶えられずに燻っていた私は何をしているんだろう。笑顔の母と子は、楽しそうに夕食の献立の相談をしている


 私はお土産の袋を強く握っていた。窮屈な気持ちをサエが攫っていく


 「そうね、5か月前くらいはこの先の崖の下を何度か眺めたわ。ヒナタが笑うから、私も笑うことにしたの」

 
 焙煎したコーヒー豆が夕日の向こうから爽やかな香りで私を落ち着かせた


 ドアの方へ誘なう母の背中は、頼もしく私の背中を押した


                おしまい




↓こちらの企画に参加します

 「晴れた日に」から始まる
小説・詩歌・エッセイの企画です。

締切は3/11(水)23:59。
作品には #シロクマ文芸部 をつけてください。

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