楽して生きることが皆すきなんだろう
(約◯◯◯字)
※この記事はスキを目指していません
むしろ、付けなくてもいいです
倫理観や公平性がおかしな感覚の人に関わったのが、そもそもの間違いでした
私はリアルでまともな人間性の方々しか付き合ってこなかったのです
友達も、そう
「あの人は、ちょっと◯っちゃってるよね」という類の輩とは付き合いませんでした
だからフォロワーさんも、あまりサークル(フォロー)が多くない人はフォローしないようにしました
ブロック勢、エゲツないでしょ
やり口といい、ひとを非難する逃げ方とか
あんなヒトたちに目を付けられたら、書きたくても書けなくなります
ブロック勢にスキやコメントをしている人は、さすがに避けてきましたが、ブロックしていない人はまともな人かと判断していました(なぜか過去形‥‥追求しないでやってください)
noteにいても、アイディアを搾取されるし、感覚がまともじゃないヒトたちが巨大な渦を作っているので、最近‥‥いや、もうずっと前から「書く」プラットフォームは選択を誤った感が半端なく、過ごしていました
私よりまともな人は、さらに、私の記事に関わるのをやめていたかもしれません
この意味はお分かりになると思います
心を病んでしまった人に倫理観を求める私が大馬鹿者です
鬼畜でも何でも必ず味方になる人はいて、個人情報も法律もなにも関係ないんだって、腹の底から納得しました
noteは治外法権?
日本じゃないのかしら、と思っていました
『あなたの常識は非常識』なんて、平気で仰る方はいるし、『正義を振り翳すな』とか令和時代は多様性だから弱者に寄りそえって、横暴じゃないですか
どの口が言ってんだか•••
メンタルを患ったヒトが、健康だった私たち(もう一人、記憶にありませんか、仕事をバリバリやっていたのにメンタルを病んだクリエイターがいましたでしょう、今アカウントはココにはない小説書きのことです)の健康を脅かされて、こちらまで頭がおかしくなりそうでした
小説家には繊細で、メンタルを病む精神構造を持つ感性は備わっていると思います
人間のコアな部分とか、独特な筆致が可能なのは、思考を深くしないと可能でないことは、かつての文筆家や芸術家が証明しています
だから書く(描く、創る)ことが終わったと感じた脚本家や小説家や芸術家たちは最期、「自死」を選んでしまったのは仕方がないと言えなくもない
「死んではいけない」ことは、教育や愛情を受けていれば、誰しも理解できるはずなんです
私は生きる意味が、恥ずかしながら未だに分かりません
なぜこんな境遇で書く趣味があるのか、もうギャグとしか言えません
生まれてから現在まで、全部「夢」だったらいいのにーそう思って、床につく日もあります
でも、毎日、地獄みたいな現実を朝、感じます
そういう日々を与えてしまった人にも申し訳なくて、時々泣くんです
生まれたときには家族が歓迎してくれていたのに、人生はままならなくて、この先もいい事なんか一つもない気持ちに陥ったりするだろうけど、簡単にはめげません
お墓に眠る人との約束なので
もうすこし我慢して暮らしていきます


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