Gemini for Educationのアイデアソンに参加して、生成AIよりも「学校ごとの環境の差」に驚いた
2026年7月11日、札幌で開かれた「Gemini for Education アイデアソン2026」に参加してきました。
Google for Education関連のイベントで、学校の教職員や教育委員会の方、大学生などが集まり、教育現場の課題を生成AIでどう解決できるかを考える会です。
でも、終わってみて頭に残ったのは、アイデアの出来ではありませんでした。
生成AIで何ができるかという話以上に、学校によって「生成AIを使える環境」に、かなりの差があります。
そのことが、いまも引っかかっています。
アイデアソンとは何をするイベントなのか
「アイデアソン」という言葉に馴染みのない方もいるかもしれません。
特定のテーマについて複数人でアイデアを出し合い、短時間で具体的な解決策の形まで持っていくイベントです。今回のテーマは、教育現場における生成AIの活用でした。
当日はまず、参加者どうしで自己紹介をしたあと、それぞれが普段の現場で感じている困りごとを出していきました。授業準備、教材作成、校務、情報共有、児童・生徒への対応。立場が違えば、出てくる課題もかなり違います。
そこからグループで一つの課題を選び、ワークシートに沿って整理していきます。
何が問題なのか
なぜその問題が起きているのか
Geminiなどを使ってどう解決するのか
解決した結果、現場がどう変わるのか
最後に、グループごとに考えたアイデアを発表する流れでした。
事前の案内では「校務活用」「授業活用」「教材開発」といった部門が設定されていましたが、札幌会場では部門ごとに分かれるのではなく、それぞれが自由にテーマを決めて考える形式でした。
事前に作り込んだものを持ち寄る場になっていた
会場でも、事前に作り込まれた成果物が出てきました。数十分の議論から出てくるものではない完成度でした。
準備してくるのは悪いことではありません。むしろ真剣さの表れだと思います。
ただ、その場に集まった人で考えるからアイデアソンなのだと思っていたので、少し戸惑いました。作ってきたものを持ち寄るなら、コンテストやピッチに近くなります。その場で考えたい人と、作ってきたものを見てほしい人が同じ部屋にいると、話がかみ合いにくくなります。
主催者への文句ではありません。
参加して一番驚いたこと
イベントでは、すでに生成AIを教育現場で活用している方々の話を聞く機会がありました。
そこで驚いたのは、学校によってはGeminiの活用が、私の想像よりずっと先に進んでいたことです。
生成AIに興味のある一部の教員が個人的に試している、という段階ではありませんでした。児童や生徒にChromebookが配布され、Google Workspaceのアカウントを使い、学校の管理下で日常的に端末を使っています。教育機関向けの環境では、18歳未満の児童・生徒も管理された形でGeminiを利用できるという話もありました。
もちろん、すべての学校が同じ状態というわけではありません。ただ少なくとも一部の学校は、
「生成AIを使わせるべきかどうか」
を議論する段階から、
「安全に使える環境の中で、どう教育に組み込むか」
を考える段階へ、すでに進んでいました。
この差はかなり大きいと感じました。
「詳しい先生が一人いる」だけでは続かない
生成AIの教育活用というと、プロンプトの書き方や便利な使い方に注目が集まりがちです。
けれども今回参加して、プロンプト以前のところに問題があると感じました。
児童・生徒が使える端末はあるのか。学校用のアカウントは整備されているのか。使えるサービスと使えないサービスは整理されているのか。入力してよい情報と、入力してはいけない情報は共有されているのか。
教員がそれぞれ個人アカウントを作り、各自の判断で試しているだけでは、学校全体の取り組みにはなりません。
生成AIに詳しい教員が一人いたとしても、その方が異動したり、担当から外れたりすれば、活用そのものが止まってしまいます。
学校では、担当者が変わった瞬間に「去年はどうしていましたか」「この場合は誰に確認すればいいですか」「前回の資料はどこにありますか」という問いが一斉に発生します。資料自体はどこかに残っているのに、どれを見ればいいのかが分かりません。
生成AIの活用も、放っておけば同じことになります。詳しい人がいなくなった時点で、やり方ごと消えてしまいます。
導入するとは、アカウントを配ることではない
「学校でGeminiを使う」と聞くと、アカウントを用意して、授業で一度使ってみる場面を想像するかもしれません。
でも、本当の意味で学校に導入するというのは、それだけではないはずです。
端末、アカウント、権限、情報管理、授業設計、教員研修、困ったときの相談先。そこまで含めて初めて、継続的に使える状態になります。
生成AIは便利です。教材のたたき台を作る、文章を整理する、複数の案を出す。その速度は、人間だけで作業する場合とは比べものになりません。
その一方で、誤った情報を出すこともありますし、それらしい文章が必ずしも正しいとは限りません。
自由に使わせるのでも、全面的に禁止するのでもなく、管理された環境の中で使い方を学ぶ必要があると思います。
その翌日、ノルウェーの記事が出ました
イベントの翌日、読売新聞にこんな記事が出ました。
デジタル教育の先進国とされるノルウェーの教育相、カーリ・ネッサ・ノルトゥン氏が、日本の教育デジタル化について、機器や教材に過度な重点を置けば学習上の大きな問題が起きる恐れがある、自分たちが犯した過ちを繰り返さないでほしいと述べています。同国は一人一台の端末を早くから導入した国です。
2026年6月には、ストーレ首相が記者会見で、生成AIを小学校では原則として使えないようにする方針を表明しました。
日本では同じ6月に、デジタル教科書を正式な教科書とする関連法が成立しています。
私が「環境が整っている学校はすごい」と驚いていたのとほぼ同じ時期に、環境を整え終えた国のほうは引き返し始めていました。
ただ、「北欧は紙に回帰した」という言い方は、日本ではかなり単純化されて広まっています。スウェーデンの政策転換についても、実際の狙いは教科書の質の保証にあり、デジタルを排除するものではなかったという指摘があります。北欧が引き返したのだから日本もやめるべきだ、という話にはなりません。
それでも、環境を整えきった国が、整えたうえで使い方を間違えたと言っているのは、けっこう重いと思いました。
環境がなければ何も始まりません。ただ、環境が整った先に何があるのかは、また別の問題です。
おわりに
どんなに面白い活用方法を考えても、児童・生徒や教員が実際に使える環境がなければ、アイデアはアイデアのままで終わります。
反対に、端末やアカウント、管理体制が整っている学校では、多少粗いアイデアでも、とりあえず試してみることができます。
この差は、数年後にはかなり大きくなっている気がします。少し焦りました。
もちろん、急いで導入すればいいという単純な話ではありません。ノルウェーの例を見れば、なおさらです。学校ごとに事情は違いますし、扱う情報には慎重さが必要です。
それでも、何も決まっていないから使わない、という状態を続けていると、いつまでもルールは作られません。小さく試して、問題点を見つけて、運用を直していく。生成AIの教育活用も、その繰り返しでしか前に進まないと思います。
アイデアソンという名前のイベントでしたが、私にとっては、アイデアを持ち帰る場というより、教育現場における生成AI活用の「現在地」を見せてもらう場でした。
生成AIで何ができるかを考える前に、まず自分の現場で確認しようと思っています。
