エピローグ
「僕がいる必要って、あるんですかね」
助手席で蓮本が言った。
「鈴木さんが釈放されて、沙羅さんと千鶴ちゃんが喜んでいる姿を一人で観るのが嫌だっただけでしょ」
月岡は黙って外を見ていた。
「だいたい、出迎える必要すらないじゃないですか」
「ケジメだよ」
「僕は月岡さんの傷心の鎮静剤じゃないんですから」
月岡は「うるさい」と、頭をひっぱたこうとした。
「出てきましたよ」
蓮本が警察署の出口を指差した。軽くクラクションを鳴らすと、三人が振り返った。月岡が車から降りると、千鶴が「パパ!」と、駆け寄ってきた。
「こんにちは、千鶴ちゃん」
助手席から蓮本が出てきた。
「あれ? 足、どうしたの?」
「ちょっと怪我しちゃってね」
蓮本は松葉杖を左右に振った。
「この度はありがとうございました」
鈴木が深々と頭を下げた。
「いろいろとご迷惑をおかけしました」
「思いのほか、早い釈放だったな」
あの日、月岡は伊勢崎の母親を連れて、西八王子警察署に向かった。自首をしたことで、事件の解明が一気に進み、鈴木の冤罪は早々に晴らされることになった。
「本当にありがとね」
横にいた沙羅が言った。
「感謝してもしきれないわ」
「これからどうするんだ?」
月岡が鈴木に顔を向けた。
「押収されたパソコンが戻ってきたら、またウェブデザイナーを始めようと思います」
「しばらくはフリーランスか」
「月岡さんと一緒ですね」
鈴木が言うと、月岡は「一緒にすんな」と笑った。
「あっそうだ!」
蓮本が声を上げた。
「栗原さんが、弁護士事務所のホームページのリニューアルを鈴木さんにお願いしたいと言ってました」
沙羅が「いいじゃない」と手を叩いた。
「たくさんお世話になったんだから、サービス価格でやってあげなさいよ」
鈴木が「もちろん」と答えると、蓮本は「決まりですね」と頷いた。
「栗原さんのところのホームページは、ずっと前からダサいと思っていたんですよ。カッコいいのに作り替えてくださいよ」
「なんだかプレッシャーだな」
鈴木が頬を掻いた。
「大丈夫ですよ。僕もお手伝いしますから」
「それは心強い」
「鈴木さんはワードプレスでホームページを作れますか?」
ワードプレスとは、一般的に利用されているオープンソースのブログソフトである。月岡もネットの知識は疎いほうだったが、その言葉は耳にしたことがあった。
「むしろ最近はワードプレスでしかホームページを作っていないよ」
「良かった。そのほうが、ページの更新がラクですからね。ぜひ、ワードプレスでの制作をお願いします」
沙羅が「そろそろ」と、腕時計を見た。
「次に予定がありまして」
鈴木が申し訳なさそうに言った。沙羅も同時にお辞儀をすると、「じゃあ」と、くるりと身体を回転させて、駐車場の出口に向かって歩き出した。少し進んだところで、真ん中にいた千鶴が一人振り返った。
「パパっ!」
駆け寄ってくると、月岡の足に抱きついた。力いっぱい抱き返すと、千鶴は上を向いて「パパ」と手招きをして顔を近づけてきた。
「ありがとね」
頬にキスをすると、ニコリと笑って手を振りながら鈴木と沙羅のところに戻っていった。千鶴は再び二人の手を握りなおすと、後ろを振り向かず、歩き出した。
「いいんですかね、あれで」
助手席に乗り込みながら蓮本が言った。
「鈴木が犯人のままだったら、三人でまた暮らせたんじゃないですか」
月岡は黙ってエンジンをかけた。
「伊勢崎に追い詰められたときも、裏取引に応じようとしましたよね」
迷ったのは事実だ。あの時、蓮本が居なければ、伊勢崎の条件を飲んでいたかもしれない。
月岡はギアを一速に入れて、アクセルを踏んだ。
「楽しみですね。ホームページのリニューアル」
蓮本は助手席を後ろに倒すと、スマホをいじり出した。
「これ、見てくださいよ、本当に栗原先生の事務所のホームページってダサいんですよ」
「運転中だから見られるわけないだろ」
月岡はハンドルを握りなおした。
「鈴木さん、カッコいいから、ホームページもきっとカッコいいんだろうな」
「知るか、そんなの」
「どっかで鈴木さんの作ったホームページ、見ることできないですかね?」
「浜辺の会社のホームページを観ればいいじゃないか」
「まだアクセスできるんですか?」
「前に観た時はまだ閲覧できたぞ。そこに今まで制作したホームページの実績が残っているんじゃないかな」
蓮本は「あっそうか」と、再びスマホをいじり出した。
「ありましたよ。これかぁー。やっぱカッコいいですね」
「浜辺の会社のホームページは、ぜんぶ鈴木がディレクションしているからな」
「これは期待でき……」
蓮本の言葉が止まった。
「どうした?」
蓮本は言葉を返さなかった。具合でも悪くなったのかと思い、再び「どうした?」と尋ねると、「いや」と短い言葉が返ってきた。
「これから、つまらない話をしてもいいですか?」
蓮本が倒していた助手席を起こした。
「ホームページって、その人のクセが出るんですよ。特にワードプレスの場合、基本のデザインが固定されるから、同じ人がプロデュースすると、だいたい似たようなデザインになるんです」
「それがどうした」
月岡は首を傾げた。
「今、浜辺の会社のホームページの制作実績を見たら、全てデザインが似ているんです。構成も、フリー素材の使い方も、書体までもがそっくりなんです」
「当たり前だろ。すべて鈴木がディレクションしてんだから」
「でも、似てはいけないデザインもあると思うんです」
信号が赤に変わり、月岡がブレーキを踏んだ。
「僕、クリスタル女学院のホームページ見たんですよ」
「やっぱり行きたいのか?」
「その話は置いておきましょう」
蓮本は月岡の顔を見た。
「クリスタル女学院のホームページも、浜辺のサイトにあった制作実績も、デザインがすべて同じなんです」
月岡の顔が固まった。
「同じデザインということは、クリスタル女学院のホームページも鈴木さんが作ったんだと思います。つまり、鈴木さんと浜辺は、一緒になって風俗店のホームページを作っていたんじゃないでしょうか」
信号が青に変わった。月岡はアクセルを踏めずにいた。
「鈴木さんは、秋穂さんが風俗店で働いていること、知ってたんじゃないですかね」
「バカを言うな」
後方でクラクションが鳴った。月岡は慌ててクラッチをつなぎ、アクセルを踏んだ。
「だっておかしくないですか? デザインが一緒だということは、打ち合わせは必ずやっていると思いますよ。山之内からもらった風俗嬢の写真も見ているはずだし、浜辺からも話を聞いているはずです」
「秋穂さんの話はしていないかもしれないじゃないか」
「でも、裏を返せば、している可能性もあるってことですよね?」
月岡は返す言葉が見つからなかった。
「それに、もし、鈴木さんもグルだったとすれば、浜辺が殺されたのは好都合だったと思いますよ」
「なんでだよ」
「だって、伊勢崎さんから脅して巻き上げていたお金が、折半じゃなくなるじゃないですか」
背中に嫌な汗が流れた。
「浜辺と鈴木は共犯だったと言いたいのか?」
「あくまで僕の推測ですけどね」
「窓口の浜辺がいなくなると、鈴木は伊勢崎と交渉ができなくなるぞ」
「そんなのツイッターでも、LINEでもなんでもいいですよ。匿名で交渉する方法はいくらでもあります」
蓮本は深く深呼吸をした。
「自分が犯人に仕立て上げられるのは、鈴木さんも想定外だったと思います。だけど、結果的に自分が浜辺とグルだったことも発覚せずに終わったし、情報源である山之内も死んでくれた。鈴木さんにとって、自分が手をかけることなく、死人に口なしを実行することができたんです」
交差点にさしかかったところで信号が赤になった。月岡は車を白線手前で停めた。
「次、左折でお願いします」
蓮本が言った。
「送り先は自宅でいいのか?」
「大学は休講なんで。それにこの足ですし」
月岡が左にウインカーをつけた。カチッカチッと無機質な音だけが車内に響き渡った。
「どうしますか?」
「家に帰るんだろ」
「そうじゃなくて」
蓮本は月岡に身体を向けた。
「鈴木さんのことですよ」
「どうしようもないだろ。証拠もないんだし」
「まったくないわけじゃないですよ」
蓮本が言った。
「事件の押収品は一度、弁護士の元に戻ります。その時、鈴木さんのパソコンをデジタルフォレンジックにかければ、浜辺とのメールのやり取りが残っているかもしれません」
月岡のハンドルを握る手に力が入った。それを見た蓮本が、目の前の信号を指差した。
「左に曲がれば、僕の自宅です。でも、真っすぐ行けば、国分寺にある栗原先生の事務所に着きます。事情を話せば、栗原先生もデジタルフォレンジックに協力してくれると思います」
「パソコンの中身が分からない可能性もあるだろ」
「そこは何とかしますよ」
蓮本は月岡の顔を見た。
「地味な仕事は僕の担当ですから」
月岡が口を一文字にした。
「さぁ、どっちなんですか」
蓮本の問いかけと同時に、月岡は勢いよくアクセルを踏んだ。ゴルフはホイルスピンをしながら、真っすぐ交差点を走り抜けていった。
了
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