見出し画像

「知らなかったことを知るのは楽しい」

父の日ということで、私が父に教えてもらったことについて書こうと思う。
タイトルがそれだ。
父からこの言葉を聞いたことはない。
本人にしてみれば「そんなこと考えたこともない」かもしれない。
だが、私が子供の頃から父を見ていて思ったのは、「ああ、この人は自分が知らなかったことを知るって素晴らしいし楽しいと思っているだろうな」だった。

父は、科学情報誌が好きで当時、今は廃刊となった「クオーク」や現在もつ発行されている「ニュートン」を定期購読していた。
特に宇宙の星の動きだとか当時時点で解明されていた最新事情をインターネットも普及していない時代にいち早く入手してまだ幼い私や妹に教えてくれたものだ。
科学や特に宇宙の話は、父の仕事には一切関係がなかったので、そんな難しいそうな雑誌を購読してまで毎月読むというのは、よほど楽しいことなんだろうと思った。
実際、科学の話をするときの父はとても楽しそうだった。私も全く知らない、今でも解明されていない世界のことを知るのは楽しく、ワクワクして、わからないことを質問すると、父は楽しそうに答えてくれた。
たまに繰り広げられる父を講師とした家庭科学講座は、とてもいい家族の思い出になっている。

「勉強しろ」と言われたことは一度もなかった。
でも、たまの家庭科学講座のおかげで、学校の勉強も「知らなかったことを知る」という体験なのだと思っていた。
だから、真面目だからとか、誰かに言われたわけではなく、学校の授業に対しても基本的にはその考え方を持てたと思う。
もちろん、苦手な科目はあったし、受験にいらない科目まで熱心にというわけにはいかなかったけれど(なんせ、楽しんで学ぶには私には量が多すぎた)、家庭科は栄養素の話や、スイカは果物か野菜か問題など、なかなかためになるし面白いと思って、比較的ちゃんと聞いてはいた気がする。

だが、大好きだった英語に関してはこの教えの通り、「単語やフレーズ、文法、豆知識など、英語に関して知らないことは何でも知りたい」というモチベーションで今までやってこれたと思っている(もちろん、波はあるけれど)。
「え、そうなんだ! 知らなかった」というあの感覚は快感である。そして、そういう快感を持って知った事柄というものは記憶に残りやすい。
父のお陰でこの仕組みを自覚できていたから、積極的に知らないことを知りにいけたのだと思っている。

ちなみに、70を過ぎた今も、父は雑誌「ニュートン」の購読を続けている。知らなかったことを知り続けていたいようだ。
これからもずっと学び続けてほしい。
お父さん、ありがとう。

いいなと思ったら応援しよう!