〜友達の話〜誕生日は生存確認
先日、5◯回目の誕生日を迎えた。
もうめでたいとは言い難い歳だが、それでも『おめでとうメール』をもらうのは素直に嬉しい☺️
毎年メールをくれる友達がいる。もちろん私も送っているが、彼女の誕生日は元旦なので忘れることはない。必然的に『あけおめメール』とセットになってしまうが…😅
私のような中途半端な日の誕生日は忘れられがちだと思うのだが
「妹と近いから忘れないよ〜」
と言って必ず祝ってくれる。
内容は年々、慰め合いや励まし合いみたいになってきてはいるが(w)、このやり取りはお互いの生存確認や近況報告の場となっている。
彼女は会社の同期で、新入社員から同じ職場に配属され一緒に仕事をしていたが、5年間ほどで辞め地元に帰ってしまった。
あれから何十年もの時が流れたのに、それでもいまだにこうして繋がっていられるのは、若く全てが新鮮だったあの頃が、私達にとってだいぶ濃ゆい時間だったからかもね…
明るくケラケラとよく笑い、人懐っこく先輩達からも可愛がられていた。無邪気だが感受性豊かで色んなことを語り合ったりして、楽しかった。
若かった私達はケンカすることもあったが、何だかあらためて思い出すと、良い子と良い時間を過ごしていたな…と懐かしい。
そんな彼女だったから、さぞかし明るく楽しいご両親に大事に育てられたんだろうな?なんて、私は勝手に思っていたのだが…
ある時、何かのきっかけで
「お父さん似?お母さん似?」
と聞いたことがあり、その時初めてお母さんがいないことを知った。
「うーんお父さん似かな?お母さんのことはあんまり覚えてないんだよね…小学校の時に出ていっちゃったから」
そうだったんだ…
なんか、ごめんね。
お母さんが出て行ってしまった時の場面は、よく覚えていないと言っていた。
多分悲しすぎるその記憶は、無意識に封じ込めていたんじゃないかと思う。
幼かった彼女は、そうやって多感な年頃も乗り切り、大人になったんだろう。
地元に戻ったあと、いい人が出来て結婚した。結婚式に招待してくれ、優しそうな旦那さまと一緒になって良かったね…と思っていたが、永くは続かなかったよう。子供はいなかったので、今は1人で趣味を楽しみながら、猫を可愛がって暮らしているみたいだ。
幼少期の経験は、もしかしたら彼女の結婚感に何かしらの影響を与えているのかも…とも思うが、私なんかに何がわかるっていうんだ。
楽しそうだし、穏やかに暮らしてるみたいだから、それが一番だ😌
今回のメールで、昨年末にお父さんが亡くなっていたことを知った。男手ひとつ(おばあちゃんも助けてくれてたみたいだが…)で3人の子供を育てたお父さん。
「寂しくなっちゃったけど、頑張って生きてくよ」と少し元気を取り戻している様子だった。
そして、続く内容は
「これからは母親との時間を増やしていくよ」
というものだった。
母親…
出ていったお母さんと再会し、交流出来ているのだろうか?
お父さんがもし再婚されていたら、そのお相手かもしれないが…
「お母さんとは会えているんだね」
とだけ伝え、あまり深くは聞かないでおいた。
そうか、そうかぁ。
どちらにしても彼女が「母親」と呼べる人と、これから大切な時間を過ごせるのなら、それは本当に良かったな…と思う。
幼かった頃の彼女の心が、これから救われていくといい。
寮生だった彼女は、私だけではなく沢山の友達がこちらにいるので、何年かに一度はみんなに会いにやって来る。
今年は来てくれるのかな?
色々と聞きたいことも、積もる話もある…
是非とも、お待ちしておりますよ😊
お読み下さりありがとうございます。
フォトギャラリーで見つけたイラストを使わせてもらいました。誕生日に生存確認し合う私達です!ありがとうございました✨
おやすみなさい
