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安全・効率的 でもダメ?!タワマンの電気室は何階に置くべきか。武蔵小杉の水害以後、1階案を主張する難しさについて



はじめに


建物の計画に携わっていると、ときどき「たった一室の配置」が全体の考え方を揺らすことがある。
私にとってそれが強く表れたのが、電気室を何階に置くかという論点だった。

もともとの計画では、電力会社向け借室を含む電気室は上層側のある階に置く前提になっていた。けれど、その階は高さを十分に活かしきれておらず、建物全体の使い方としては少しもったいない。一方で、1階はエントランスがあるため階高が高く、設備を納めるには相性がいい。もし1階に移せるなら、上層階の効率化にもつながり、事業収支の改善余地も出てくる。
だから私は、ハザードマップや想定される水害の発生事象を踏まえ、必要な対策を講じれば1階案も成立しうるのではないか、と考えていた。

ただ、その考えをそのまま通せる空気ではなかった。
理由のひとつは、2019年の武蔵小杉の高層マンション浸水被害が、すでに業界の共通記憶になっていたからだ。国土交通省の資料では、地下配管経由の流入によって地下3階が浸水し、高圧受変電設備を含む多くの設備が故障、停電によりエレベーターや給水設備などのライフラインが長時間使用不能となり、居住継続に大きな支障を与えたと整理されている。国土交通省

今回は、この記憶が残る時代に、なぜ私は1階案を考え、なぜその判断が難しかったのかを書いてみたい。

もともとは上層階に置く前提だった


ある大規模複合開発で、電気室の配置を見直す必要が出たことがある。
当初の計画では、電力会社向け借室を含む電気室は上層側のある階に置く前提だった。重要設備は低い場所より高い場所のほうが安全だ、という発想自体は自然だし、近年はその感覚がより強くなっている。実際、国土交通省と経済産業省が取りまとめた「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」でも、浸水リスクの低い場所への設置は基本的な考え方として示されている。国土交通省

ただ、計画を具体的に見ると、その上層配置は「安全だから正解」と言い切れるものでもなかった。
その階は高さを有効活用しきれておらず、建物全体の計画効率としてはやや鈍い。もちろん設備室として成立はする。でも、せっかく高さの価値がある空間を、そこまでうまく活かせていないという感覚があった。

一方で、1階にはエントランスがあり、階高が高い。設備の納まりだけを見れば、むしろ1階のほうが相性は悪くない。しかも、上層階を別用途に回せれば、計画全体の効率も上がる。これは単なる設計の好みではなく、そのまま事業収支に響く話でもある。
だから私の中では、論点は「上にあるほうが安全だから終わり」ではなかった。むしろ、「1階に置けるなら、そのほうが全体計画として合理的ではないか」という問いが強くあった。

それでも私は1階案を考えた


もちろん、1階案にリスクがないとは思っていなかった。
ただ、私は「1階だから危険」という言い方にはずっと違和感があった。危険性は階だけで決まらない。ハザードマップで何が想定されているのか、想定されるのは河川氾濫なのか内水なのか、どこから水が入るのか、どの程度の水位と継続時間を見込むのか、そして何をもって防げるのか。そこまで見ないと、本当の意味では判断できないからだ。

国交省のガイドラインでも、電気設備の浸水対策は単純に「高いところに上げる」だけではなく、水防ラインの設定、止水、開口部対策、防水区画、早期復旧の備えなどを組み合わせて考えるものとして整理されている。国土交通省
私は、こうした発想を前提にすれば、1階案は十分検討に値すると考えていた。

もうひとつ大きかったのは、上層階の効率化だ。
設備室を上層側から外せれば、そのぶん別用途の自由度が生まれる。高い階ほど価値の出し方に幅がある案件では、この差は小さくない。再開発や大規模開発では、設計変更は単なる後退ではなく、リスクと価値の再配分でもある。収支改善の余地を生みながら、必要な安全対策も組めるなら、それは十分に検討すべき案だと思っていた。

つまり私にとって1階案は、「無理を承知で押す案」ではなかった。
条件をきちんと見れば成立する可能性がある、現実的な代替案だった。

武蔵小杉の水害が、この議論の前提を変えた

ただし、この議論には、どうしても無視できない前提があった。
2019年の武蔵小杉の高層マンション浸水被害だ。

国土交通省の報告資料によると、当該マンションでは住民による土嚢積み作業などで1階への浸水は防止できた一方、地下配管経由で水が流入し、貯水槽があふれて地下3階部分が浸水した。その結果、高圧受変電設備を含む多くの設備が故障し、停電の影響でエレベーターや給水設備などのライフラインが長時間使用不能となり、建物の居住継続に大きな支障を与えたとされている。

この事例は、単なる有名な失敗事例という以上の意味を持っている。
国交省のガイドラインそのものが、令和元年東日本台風によるこの種の被害を出発点として、「高層マンションの地下部分に設置されていた高圧受変電設備が冠水し、停電によりエレベーター、給水設備等のライフラインが一定期間使用不能となった」ことを問題意識として明示している。つまり、武蔵小杉の事例は、業界内の感覚的な記憶ではなく、国の制度的な問題設定にまで接続された出来事だった。

しかも、この事例が強いのは、単に「水が入った」では終わらないからだ。
地下や低層の高圧受変電設備が止まると、照明や通信だけでなく、揚水ポンプや排水ポンプ、エレベーターまで止まりうる。つまり、建物は見た目には立っていても、実際には機能不全に陥る。国交省のガイドラインでも、受変電設備の停止は建物の機能継続を困難にする典型例として扱われている。

この記憶がある以上、「1階に置いても対策で守れる」という話は、技術的には成立しても、心理的にも社会的にも簡単には受け入れられない。
武蔵小杉以後、設備配置の議論には、図面の外にある記憶が入り込むようになったのだと思う。

社内は賛成、社外は反対。そのあいだで悩んだ

この論点でいちばん苦しかったのは、立場によって見ているものが違ったことだった。

社内では、1階案に比較的理解があった。
理由は明快で、1階の階高条件が設備に合いやすいこと、上層階の使い方を改善できること、そして全体収支の改善余地があることが見えやすかったからだ。対策を前提にすれば成立の余地はある。そう考える人は少なくなかった。

一方で、社外は慎重だった。
それもよくわかる。社外から見れば、問われるのは計画効率だけではない。将来もし何かあったときに、「なぜより安全に見える上層階ではなく1階に置いたのか」と説明できるかどうかが重い。しかもその背景には、武蔵小杉のような、実際に高層住宅が機能不全に陥った具体的な記憶がある。
この状況で1階案を出すことは、単に代替案を提示することではなく、「その残余リスクをどう位置づけるのか」を問われることでもあった。

私は、社内の合理性も理解していた。
同時に、社外の慎重さも理解していた。
だから苦しかった。どちらかが単純に間違っているわけではなかったからだ。

実務ではこういうことが起きる。
技術的には成立する。
事業的にも筋が通る。
でも、社会的な記憶がその案を重くする。
そのとき判断は、「できるかどうか」から、「引き受けられるかどうか」に変わる。

問題は「危ないかどうか」ではなく「残るリスクを引き受けられるか」だった

この件を通じて、私は論点の置き方そのものが大事だと痛感した。
本当の争点は「1階は危険か」ではなかった。そんな問いでは、賛成か反対かの感情論に近づいてしまう。

実際に問われていたのは、
対策を講じたうえでなお残るリスクを、どこまで引き受けられるのか
ということだった。

ここで必要なのは、賛否の応酬ではなく、比較の整理だと思う。
どの水害シナリオを前提にしているのか。
そのとき、どの経路から水が入るのか。
止水や防水区画でどこまで抑えられるのか。
想定を超えた場合に何が止まるのか。
そして、その残余リスクと引き換えに何が得られるのか。
たとえば上層階の効率化、面積の有効活用、収支の改善などだ。

この整理がないまま「武蔵小杉があったから下は危ない」とだけ言ってしまうと、議論は止まる。
逆に「対策すれば大丈夫だ」とだけ言っても通らない。
実務で必要なのは、その間をつなぐ比較表のような思考だ。

設備配置の議論に見えて、実際には事業判断だった

電気室をどこに置くか。
図面の話に見えて、実際にはかなり大きな事業判断だった。

どこに設備を置くかで、空間の価値配分が変わる。
空間の価値配分が変われば、収支が変わる。
収支が変われば、他の設計自由度や説明の難しさも変わる。
そのうえで、武蔵小杉のような象徴的事例が「この判断は将来どう見られるか」という重みを加える。

つまり、この論点は安全性だけでは完結しない。
安全性、収支、空間効率、説明責任、その四つを同時に見なければならない。

私は1階案を支持したかった。
けれど、支持したいと思うほど、「自分は収支改善に引っ張られすぎていないか」とも自問した。安全側に寄せる議論は、少しでも事業的な利得が見えると疑われやすい。だからこそ、自分の案を成立させるには、感覚ではなく、ハザード分析や対策の考え方、残余リスクの整理をかなり丁寧に積み上げる必要があった。

この経験から学んだのは、実務では正解を言い当てることより、何を守り、何を諦め、何を引き受けるのかを言語化することのほうが重要だということだった。

まとめ

  • 2019年の武蔵小杉の高層マンション浸水被害では、地下配管経由の流入により地下3階が浸水し、高圧受変電設備を含む多くの設備が故障、停電によってエレベーターや給水設備などのライフラインが長時間使用不能となった。

  • この事例は、国土交通省・経済産業省の「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」策定の出発点として位置づけられている。

  • そのため、現在の設備配置議論では「下に置けるか」だけでなく、「武蔵小杉以後にその判断を説明できるか」が問われる

  • 1階案は、対策を前提にすれば成立しうる一方、残余リスクの説明責任が重い

  • 実務の難しさは、安全性・収支・空間効率・社会的記憶が同時にのることにある


主要参照リンク一覧

国土交通省
 建築物における電気設備の浸水対策 の取り組みについて(報告)
 https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001354003.pdf
国土交通省
 建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン
 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/content/001349327.pdf
内閣府 防災担当
 事業継続ガイドライン
 https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/pdf/guideline202303.pdf
一般社団法人 建築設備技術者協会
 建築設備における浸水被害に関する実態調査
 https://www.jabmee.or.jp/wp-content/uploads/2022/10/sinsuihigai.pdf

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