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実家の片づけで気づいた、“手放す”ということの意味

こんにちは。
今日は久しぶりにスッキリとした晴れ。
やっと布団を干せました。
今夜はカラッと乾いた気持ち良い布団で眠れそうです。


捨てられない母と生活して気づいたこと


結婚を機に実家を離れた私ですが、約30年ぶりに母と一緒に暮らすようになりました。

夫婦関係に限界を感じ、50代半ばで出戻ってきた今。

親子とはいえ、長く離れて暮らしていれば、それぞれの暮らし方、価値観が出来上がっているものです。

中でも私が驚いたのは、母の“物の多さ”でした。


「もったいない精神」に支えられて

母は終戦直前に生まれ、物のない時代に育った人です。

そのせいか、「もったいない精神」がとても強いのです。

中でも驚いたのは、衣類、食器、鍋の数。

衣類は何十年も、“まだ着るかもしれないから”と、しまい込まれているものも多く、中には黄ばんでしまって着られなくなったものも少なくありません。

私が
「少し捨てたほうがいいんじゃない?」
と声をかけると、母は一つひとつの服に記憶を持っていて、

「これは○○さんと△△デパートで買ったの」
「この服を着て✕✕に出かけた時、とても楽しかった」

と、まるでアルバムをめくるように話してくれます。

私から見れば『もう着られない服』でも、母にとっては思い出の品なのです。


ほとんど何も持たずに帰ってきた私

一方で私は、2〜3日分の手荷物だけを持って家を出てきました。

最低限の物でも、ちゃんと生活は成り立つこと。
物が少ないと管理が楽になり、気持ちにも余裕ができること。

それを実感していたからこそ、『もう少し減らせば楽になるのに』と思ってしまう部分もありました。

でも、「思い出を手放すのが寂しい」「まだ使えるものを捨てるなんてもったいない」という母の気持ちも、無下にはできません。


母が小説を捨てた日

そんな母が、先日ふいに若い頃に読んでいた文庫本の山を捨てると言い出したのです。

以前、
「ずっと読んでないけど、あの本どうする?」
と尋ねた時には、

「思い出があるから取っておきたい」

と、少し寂しそうに言っていたのに……。

驚いて理由を尋ねると、母はこう言いました。

「読みたくても、字がよく見えないから」

その一言に、胸がギュッとなりました。

母の本はカビが生えていたし、処分した方がいいとは思っていました。

でも、ずっと大切にしていたものを自分から手放す母の姿が、少しだけ切なかったのです。

私は努めて明るく振る舞いながら、母と一緒に本を束ねました。


手放すことは、負けじゃない

小説が大好きだった頃の母を知っているからこそ、その決断の重みがわかる気がしました。

生きるということは、時に“自分の一部”を手放すことなのかもしれない。

一回り小さくなった体で、静かに本を束ねる母の背中を見て、ふとそんなことを思いました。


物が多い実家で、思うこと

私と同じ世代の方の中にも、
実家の親の持ち物について、いろいろ思うことがある人は多いのではないでしょうか。

「少ない物で、快適に暮らしてほしい」
「たくさんの思い出の品に囲まれて暮らしてほしい」

どちらが正解とも言えないこの問い。

親の幸せを考えると、とても難しい問題です。


モノが語る、それぞれの歩み

たくさんの物に囲まれていた母の暮らし。
何も持たずに戻ってきた私の暮らし。

一緒に暮らす中で、違いに戸惑うこともありますが、
その“違い”の中に、それぞれの人生が詰まっているのだと感じます。

思い出は、時に手放せないほど大切なもの。

でも、思い出ごと全部を抱え続けなくても、生きていけるのだと、母との生活が私に教えてくれているのかもしれません。

🌸長文、最後までお読みくださりありがとうございました。

私の記事があなたの心に小さな灯をともせますように。


以前、実家の物について音声配信をしました。
あわせてお聞きいただけたら嬉しいです。



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