〈ペンネと未返却の本〉#せりふ三題噺
■セリフ
「ショート……いや、グランデサイズで」
■三題
・草原
・返却
・ペンネ
こちらの記事は
はらとけい様主催の
上記の(#せりふ三題噺)に挑戦させていただきます。
美咲はいつものイタリアレストランで、ペンネを注文する。今日はトマトとバジルのモッツァレラチーズで
「はい、かしこまりました、」
ここのペンネはソースだけじゃなく麺も本格派ですごく美味しい。
まるで日常を忘却するかのような雰囲気に
いつも肩から荷物を下ろし、
ソファの端へ添える。
そっとバックからスマートフォンを取り出す。
開いたのは、メールでも電話でもなく
恋愛相談アプリ「LOVE cool」
「彼氏と長続きをする方法」
その項目を溜め息混じりにクリックする。
掲示板へは決して投稿しない。ただ同じように悩んでいる人たちのコメントを見て、
この世の中は、案外単純に、出来ていると安心する。
美咲の鞄の奥に図書館で借りた未返却の本があった。
期日は週末の土曜日、今日と明日、明後日まで。
読める時間があると思って借りた本に、
栞がまだちょこんと1/3に跨ぐように入っている。
「先手、恋愛成就の方法」
「私の恋のおくりかた」
実用書は一日で読めた。こんなものかと思いながら、頁を捲る手が止まらない。気付いたらものの1時間で読みきっていた。
「私の恋のおくりかた」これは去年映画化された、若者から老若男女受けそうな恋愛小説だった。
主人公の月乃が失恋した後、何度も理想的な彼と巡り合わせる展開が好評だったが、途中でつまづいた。
「私はね、幸せになりたいんじゃない。」
「あの彼に幸せになって欲しいの。ただそれだけ」
美咲の頁の文字を追う目が止まった。
なんて矛盾したセリフなんだろう。幸せになりたい事、自ら正当化せずに、誰かに委ねるだなんて。
ほんの少し胸の奥が軋んだ、誰かを幸せにするために自分が幸せにならなきゃいけない。そう思って生きてきた彼女にとって、この主人公のセリフは真っ向から違って向かってくる。失恋の痛手を自分の手で癒すこと、それとどう違っているのかも分からない。
頁を捲る手が止まる。
作品は多くの人に受け入れられている。
無くした彼の傷を、他の誰かを愛することで見送る。
そんなトラップ誰が決めたの?
「お待たせいたしました」
白いオーバルサイズの皿にペンネと付け合わせのサラダ、そしてジンジャーエールがやってきた。
「本日、飲み物おかわり自由の日になります」
ペンネを二口食べたあと焼けるようにジンジャーを飲み干した。
「お続きどうなさいますか」
お冷のボトルと一緒にイタリアンレストランの店員が美咲に声を掛ける。
「ショート……いや、グランデサイズで」
お客様、当店の飲み物はこちらのグラスワインのワンサイズでございます。
「あっ、すいません」食い意地を張った自分が恥ずかしく、下を向く美咲。
「LOVE cool」のお知らせボタンが鳴る。
ぴこん。「しーたんにぴったりのお知らせ」
すかさずボタン押して開ける。
「恋愛上手における人間関係の築き方」
また昨日と同じような内容だろうと思いながら単純にクリックしてしまう。
「Q.草原で彼を手を振るとき、あなたはどうする」
「A.手の指は開かず、
顔の横で、大振りに振る」
食べかけたペンネのモッツァレラが喉の奥を通る。
トマトの強い酸味がした、「おかわり、こちらへ置いておきます」
こくん、と口に手を添えて美咲は店員に礼をする。
本当は、このイタリアンレストランのあの男の店員さん、半年前に別れた彼にそっくりなの。誰にも言えないけれど、ペンネをつつきながらあの彼の姿を見ている時が、今の私の一番の幸せの時間。
「いまは、たったそれだけ」
携帯電話がまた通知が鳴る。
ぴこん。また「LOVE cool」から?
メッセージ一件。
上が空白でなにも見えない。
不審に思いながら何気なく開く美咲。
「久しぶりです。元気にしていますか」
美咲は目を疑い、パタんと携帯を閉じた。
白いエプロンの店員の後ろ姿をそっと見つめる。
「私は、いまは、このままでいい」
目を閉じて、そっと心の扉を閉じた。
「明日の仕事帰り、本の返却忘れずにしなきゃ。」
おわり.
「グランデサイズで」言い間違えた恥ずかしさと元カレ似の店員。私の恋は、まだ返却期限前。 #note
