〈続・りんごが、人つなぐ〉#シロクマ文芸部
未知への世界かもしれない。
ごくんと息と唾を、一緒に飲み込む、なにかあるのかもしれない、あの階段を登って廊下の奥に。今度あきちゃんに相談でもしてみよう。
スケッチブックを手に取り、粗く削った鉛筆と消しゴム代わりになると渡された食パンを握る。それは美琴にとってもう一つの異次元へと飛び込む作業だった。
ひとつ、鉛筆を握ってスケッチブックを筆を落とす前に、深く深く息をする。そして、目を瞑る。まるで目の前のりんごが、その目に映らなくても肌で感じて頭に浮かぶかのように。色を想像し、はっきりと描く。
「はっ今だ」
握った鉛筆を、厚紙に準える。
目の前のりんごがこちらを覗く。
ただ、どうしてもその赤も表面の影も、私の頭の中に描いたものと一致していない。
そのことに少し落胆しながら、目を凝らしもう一度りんごをはっきりと見つめる。
ただの平均点のような、スーパーに売られているりんごと変わらないように感じて、美琴は肩を落とした。
先程までの幻想を頭から消して、目の前に集中する。
りんごの輪郭を捉えて、その先は自由だと桐生先輩は言っていた。
ありさ先輩の背中を見つめる。
来月のコンクール用に作品に取り掛かっていると聞いた。
まるで、美術室という木と絵の具の掛け合いに蝶が一匹いるようだった。少しだけ粉が落ちる。
「いけない」美琴はまた、深く深呼吸をした。
「私も先輩みたいに描けるようになりたい」
美琴は決して奢っている訳ではない。
ごく単純に自身の欲求を憧れの先という的に矢を放っただけなのだ。それが、まだ高校1年生という年齢を考えると、周りの目や羞恥心が勝って上手く言葉に出来なかった。
周りの目に怯え、羞恥心に足を取られ、その切実な願いを言葉として形にする術を、彼女はまだ持っていなかった。窓から差し込む夕陽が、美琴の描く林檎の輪郭を、優しく、そしてどこか寂しげに照らす。
「私はどこまでも、輪郭をつなぐ作業が苦手みたい」心の中でポツりと呟いた。明子の入っているバレー部の掛け声が体育館の方から聞こえる。
不意に、食パンを手に取り、線をなぞってみた。
「ぼやけた」「思っていたのと違う」、
桐生先輩が後ろから、やってきた。
「いいんじゃないか」
「描画部分の修正や調整するためだけど、ぼかすことはひとつの手法のようでね、味が出るんだよ」先輩が丁寧に優しく美琴へ諭した。
「ありがとうございます」
それだけ言って、またりんごを見つめる。
陰をつけて、りんごの物体に印影を出すと、立体感が出てきた。「不思議、面白い。」
「はじめてにしては、よくかけたんじゃないかな」
美琴は自分で自身を褒めた。
次は質感の違いを、もっと描いてみたい。
飛行機雲なんて、昔から好きじゃなかった。
それは今はなんだか愛おしく感じる。
りんごの輪郭を描きながら、あの窓の向こうにある飛行機雲のように、確かな線を描いてみたくなった。
おわり.
描けない林檎と憧れの背中。美術室で葛藤する少女が、自分だけの「線」を見つけるまでの瑞々しい物語。#note
※この記事は、掌編小説として書きましたが
長くなりましたので二つに分けて投稿させていただきます。
この記事は#シロクマ文芸部に投稿させていただきます🫧🐕🦺❤︎
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