一晩だけの約束
■あらすじ(創作大賞向け)
追い詰められた少女と、亡き妹を忘れられない男。
「助けてやる、一晩だけ俺のものになれ」
交わされた取引は、救済か、依存か、それとも贖罪か。
罪も名前もすべて捨てて、ふたりは逃げた。
あの夜の約束だけが、生きる理由だった。
追い詰められた女と、孤独に飢えた男。
誰も救わない街で、たった一つ交わされた取り引き。
──「助けてやるから、一晩だけ俺のものになれ。」
りょうは追い詰められていた。
22歳、まだ若い。
その若さが過ちを犯す。
彼女は遅くにできた子供だ。
誰にも期待されず生まれただけ。
兄の雨竜とは13歳の差だ。
名前も雨竜から連想してりょう。
性別はひらがな表記だけしか判別しない。
親の最初の贈り物の名前すらこれである。
いかに愛されていないかわかるだろう。
彼女が人生を間違えたのに雨竜はなぜ間違えなかったのか。
それは彼らの両親が没落した時期が人生に影響を及ぼしたからだ。
彼らの両親は着物屋さんだった。
高級路線の。
しかし時代の波に負け、店をりょうが生まれた頃に畳んだ。
雨竜はまだ幸いだった。
中学生。
それなりに育っていた。
だがりょうは違う。
生きるのにやけになっていた両親の影響をもろに受けてしまった。
雨竜は将来をせめてもの服飾関係に就きたいと、
アパレル関係でバイトの下積みから店長に成り上がった。
りょうは親の愛情をもらえなかった。
両親はパチンコ通い。
忙しい雨竜は妹に愛情を注いだ。
しかしりょうにはそれは足りなかった。
彼女もまた親の影響を受けてパチンコにハマってしまう。
あの独特の騒音と無秩序。
ランダムの確変。
愛情がない世界を忘れさせてくれた。
無論、学歴も職歴もない。
両親は家事をしなかったから、彼女が家事を担った。
生活費は元々裕福でも使っていれば限界がある。
闇金に手を出すのは時間の問題だった。
家に届く督促状。
嫌がらせのビラ。
頼んだ覚えのない出前。
家電はひっきりなしになるので回線を抜いた。
その時だった。
雨竜が失踪する。
唯一の金蔓。
りょうは兄の失踪に心を痛めていた。
兄だけは私を見捨てないと思っていたのに。
しかし誰が彼を責められるだろうか。
金がないため、雨竜の行方はわからなかった。
両親は相談する。
娘を売ろうと。
まだ若い。
そこそこ男ウケする顔と身体。
両親は冷酷だった。
元々愛情をかけていた娘じゃない。
今が凌げればそれでいい。
そしてりょうは売られたのだった。
⸻
カインは38歳。
独身。
名前の由来は音がいいから。それだけ。
普通の教養があれば弟殺しの名前はつけない。
そう両親は教養がなかった。
彼には亡くした妹がいる。
イヴ。
由来は頭痛薬。
本当に教養がないことは恐ろしい。
もう兄妹の名前でわかるだろうが、親は親になる資格がなかった。
劣悪な環境。
刹那で生きる親。
誰も彼らを守ってはくれなかった。
イヴが死んだ理由。
それは彼女の頭が良かったからだ。
彼女は進学のため、学費を自分で出すために身を売っていた。
それで精神を病んで、自身で命を絶った。
カインも生きるのに必死で彼女を救えなかった。
彼に妹の自死は人生に多大な喪失を与えた。
やけになり金になるならなんでもした。
そこで最後に辿り着いたのが闇金の取り立て。
ちょうど良かった。
何も考えずノルマをこなせば金になる。
ただ時間が過ぎていった。
その仕事で出会ってしまう。
りょうに。
⸻
りょうは闇金の事務所にいた。
親に結局売られた。
りょうは不安でいっぱいだった。
私はこれからどうなるのだろう。
そう思っていた。
カインは今日売られた娘の監視に来た。
驚く。
妹に雰囲気がそっくりなのだ。
あの独特の荒んで、それでも溢れる知性。
カインは妹への贖罪のためにりょうを連れ出すことを決める。
「助けてやるから一晩だけ俺のものになれ」
カインはりょうに告げる。
首を縦に振らなければそれまで。
選択肢を与えた。
りょうは考えた。
この男を信用していいのか?
見れば兄より年上みたいだ。
だがもう、あとはない。
賭けるしかなかった。
無言で首を縦に振った。
⸻
そこからカインの行動は早かった。
監視役として裏切り、彼女を連れて逃げた。
無論、妹として見ているので手は出さなかった。
逃亡資金はあちこちから買い付けた銀行口座に貯めてあった事務所の資金。
各地バラバラに預金をおろした。
小さい闇金だが億を超えた。
闇金はそれが原因で潰れた。
カインは信用があったからリスクのある資金を任せられていた。
それが裏目に出た結果だった。
しかし追われる身。
途中でホームレスから戸籍を2人分買う。
彼女は実際より10歳歳を取ってしまったが。
それを理由にりょうはカインに迫った。
歳の差が縮まったからいいでしょ?と。
カインももう限界だった。
お互いが必要としていた。
妹として見ても。
父親に近い年齢でも。
彼らはようやく結ばれたのだ。
⸻
罪も、名前も、未来さえも失った。
それでも、あの夜の約束だけが、ふたりを繋いでいた。
生きるために、愛した──それだけだった。
あとがき
『一晩だけの約束』を読んでくださって、ありがとうございます。
この作品は、私が紡いでいる「紬原市シリーズ」の5作目にあたります。
紬原市という、どこかにありそうで、誰も見ようとしない街の中で、
追い詰められた人たちが、それでも生きようとする姿を書いてきました。
この物語もまた、
幸せになれなかったふたりが、たった一度だけ交わした「取り引き」から始まります。
助けるためでも、救うためでもない。
ただ、生きるためだけに手を伸ばした結果でした。
誰かと繋がるというのは、
時に、罪のようなものだと思います。
でも、その罪を背負っても、ふたりは生きようとした。
その姿を、私はどうしても書きたかった。
救いではないけれど、
絶望でもない。
そんなギリギリの場所に灯った、小さな火のような物語です。
これからも、紬原市の片隅で息づいている誰かを、
そっと掬い上げるように書き続けたいと思っています。
最後まで読んでくれたあなたに、心からの感謝を込めて。
天音春子
▼シリーズを読む(第5話)
← 第4話 恋人のふりをして、世界を捨てた。
話一覧はこちら
第6話 彼女を守って、僕が壊れた——任務違反の恋でした。 →
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