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過去の自分の頭を撫でてあげよう —— のぞみんさん著書『あの一瞬のために積み上げた日々』を読んで。

過去の自分を癒しに行く。

そんな優しくてあたたかい読書体験をしました。

実は…
わが家の長男も
ミニバスをやっていた時期があります。
(初解禁情報!)

長女はピアノを頑張っていて、
コンクールとかも出たりします。
(初解禁情報その2!)

すみません、初解禁情報とか
誰得な文字を入れてしまいました(汗)

でもここから先は
きっとたくさんの人の心に刺さる話だと思うので
ぜひお付き合いただけたらと思います!

のぞみんさんの著書
あの一瞬のために積み上げた日々
ー不器用な息子と、バスケと、わたしの記録ー

遅ればせながら感想を書かせていただきます。

読了後、わたしは
子どもを通して親の自己価値が揺らいでいた

という過去の振り返りをしました。

わたしにも確実に同じ苦しさを
抱えていた時期があって、
そこをどうにかこうにか乗り越えてきたな、と。

これって、
自分の守りたい相手、大切な相手だからこそ、
そこを通して自分の内側が揺さぶられるんですよね。

だから、もしかすると
子どもに限ったことではないのかも。

ただ、わたし個人のことで言えば、
子どもに自己価値を委ねまくっていました。

だから長男のミニバスは、
正直苦しいことしかなかったです。

それは長男の出来不出来だけではなく、
そこで生まれる人間関係そのものに対して
自分の中で勝手に劣等感を作っていたり。

これもきっと、大事な長男のコミュニティだから
上手くやりたいと思いすぎていたのかも。

力が入りすぎていたんですね。

のぞみんさんの言葉で
「なるほど、こうすればよかったのか」
「こう感じてもいいんだ」
と、当時の自分の頭を撫でてあげるような
そんな気分になれました。

ミニバスにもピアノにも共通している部分で言えば、
子どもの結果に一喜一憂していた自分が、
けっこう苦しかったなって思い出しました。

あの子はできるのになんで?
もっと練習させるべき?
なんで頑張れないの?
もっと結果を出してほしい!

子どもが失敗すると
自分のことのように落ち込んでしまう日々。

今考えると、
頑張ってるのも
いちばん苦しいのも子どものはずなのに
なんでわたしがそんな反応するの?
って話なんですけど。

子どもと自分の境界線が
すごく曖昧になっていたんですよね。

幸いなことに、
この部分については場数を踏むことで(?)
自分の違和感に気づけたので
少しずつ解消されていきました。

そして今回のぞみんさんの著書を読んで、
どうしてそこに辿り着けたのか、
どうやって進んでいったのか、という
答え合わせをすることができました。

あれ?
感想文のはずが自分の思い出話に…(汗)

いや、でも本当に!
のぞみんさんが著書の中で書かれていた想い、
共感の嵐でした!!

読み進めていくうちに、
これまで子ども絡みで感じたことのある
モヤモヤや苦しさが
多方面にわたってスッと軽くなったのを感じました。

雑多においてあったものが
きれいに整理整頓されたような、そんな気分。

片付けができたから、
過去のわたしも今きっと笑っているのです。

素敵な読書体験をありがとうございました✨
拝読できてよかったー!

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