[自己紹介]陽夢という名前について


迷ってばかりの人生だった。つまずいては立ち止まり、引き返してはまた手探りで進む。
まるで出口のない迷路みたいに。
それでも、名前くらいは夢に羽ばたく翼にしたかった。
こんにちは。陽夢です!


今回は僕のペンネーム「陽夢(ヨウム)」について自己紹介を兼ねてエッセイ風に綴っていこうと思います。

この名前には、実は二つの意味がある。
まず一つ目は、鳥の「ヨウム」。
あなたはヨウムをご存じだろうか?
グレーの羽に赤い差し色、まるで高級ブランドの新作みたいに洒落ている。
だが見た目だけではない。ヨウムはとにかく頭がいい。その知能は5歳児と同等レベルだという。
ある日、SNSで偶然その動画を見つけた。
ヨウムが排泄したあと、「ウ◯コした」と自己申告する、そんな内容だった。
それを見た時に心の中に衝撃が走った!

……なんだこの鳥は!?

恋に落ちる瞬間って、たぶんこういうことを言うんだと思う。

街でふと見かけた美男美女をつい目で追ってしまい、気づいたら世界がスローモーション。
そんな感覚に近い。
いや、むしろそれ以上だった。

そこから僕の「ヨウムという沼」にハマる生活が始まった。
はとぽっぽを歌うヨウム、ウ◯コを連呼するヨウム、飼い主と口ゲンカをするヨウム……。

夜中にせっせとヨウムの奇行動画をディグっていくのだ。僕の腹筋は笑いすぎによる酷使でジムに行かずともシックスパックが出来上がりそうだった。

ここまで読んで気づいた方もいるだろう。
そう、僕の笑いのツボは浅い。
子ども用プールくらい浅い。水深数センチだ。
これは非常に厄介な問題で、僕は作品づくりにAIが使えない。
なぜならAIの生成した文章は上手すぎて、水深数センチのツボのニンゲンが生み出すような文体の作品は書けないからだ。
デジタル全盛期、AIを駆使する他のクリエイターのように更新頻度は高くないけど、
誰でも分かりやすく、読みやすく、ちょっと笑える。
そんな文章をひとつひとつ丁寧に書いていきたい。
月に2〜3本。
そのくらいのペースで、笑いをメインとしたエッセイや創作物をお届けしていくつもりだ。

ここまで読んでくれたあなた。
ありがとうございます。そんなあなたのために陽夢の名に込めた二つ目の理由をお話しします。
ここからが本題。楽しんでもらえたら嬉しいです。
二つ目の理由。
僕の名前は陽介、その陽介が描く夢にあります。

小さな頃から乗り物に興味があって、機関車トーマスが大好き。将来の夢は新幹線の運転手!
人生は新幹線のレールのように真っ直ぐ、安定走行…の予定だった。
順調に成長し、思春期というレールに差しかかりはじめた中学生のある日。
僕の人生のポイントは、突然ガチャンと切り替わった。

映画館で『踊る大捜査線 〜レインボーブリッジを封鎖せよ〜』を観ていたときのことだ。
スクリーンの中の織田裕二が、汗と情熱と正義をまとって夜のレインボーブリッジを走っていた。

その姿を見た瞬間、稲妻が頭の中を駆け抜けた。
「織田裕二になりてぇ!」
気づけば心の中で叫んでいた。
その瞬間、僕の人生はレールから外れ、見事に脱線コースへ。
予定されていた「新幹線のように真っ直ぐな人生」は、ここで終了した。

勢いそのままに脚本を書き、学校の備品のビデオカメラを使い、ひとりで『踊る大捜査線』のパロディビデオを撮影。
先生になんとなくの編集を習いパソコン室で四苦八苦。時間は意味がわからないほどあっという間に過ぎ去るほど夢中になった。
それを文化祭で上映したら、まさかの大ウケ。
拍手と笑いの中で「この感覚をもっと味わいたい」と思ってしまった。

高校を卒業して、上京。
劇団の養成所で芝居を学び、仲間たちと夜な夜な稽古を重ねた。
あの頃の財布の中身は何百円とかで、水道水やバイトの賄いで食い繋ぐような毎日だった。不安や辛さは常にあったけど、熱かった。
腹は減っていたけど、夢の話だけは腹いっぱいしていた。
そんな日々の中で仲間と撮った短編映画が、なんとカンヌ国際映画祭の短編部門に招待され正式出品。

福尾孝平監督作品Absolute Silence
福尾孝平監督作品Absolute Silence
震災に見舞われた人々の闇や葛藤を生々しく描いた


大スターたちの映し出されるあの異国のスクリーンに自分たちの作品が映し出されたという事実に
「やればできるんだ」と心を震わせた。

Absolute Silence
せっかくなので僕の出演シーンも載せておこう


その頃、所属していた事務所主催のショート舞台の企画が持ち上がり、その脚本も手がけた。
作品自体は15分程度で劇場…というよりは雑居ビルの一室、100席にも満たない空間。
でも、カーテンコールで割れんばかりの拍手を浴びたあの夜のことは、今でも鮮明に覚えている。

2人の中学生を主人公にした舞台、「ふたり」
出番を控えた会場の階段でのひとコマ


「作ること」が、生きることそのものだった。
バイトに稽古に芝居の仕事。たまに休みがあると誰に見せるわけでも無く、ひたすら趣味で小説を執筆していた。

だが現実は厳しかった。
どれだけ情熱を燃やしても、財布の中はキャッシュレス主義ですなんて冗談を言いたくなるほどに寂しかった。
オーディションは落ちて当たり前。たまに決まっても、名前のない役や群衆の一人。
演じることが好きなはずなのに、思うように体が動かない日が続くと、自分の中の表現する力はどこかに置き忘れてしまったような気がした。
周りの仲間たちは次々と舞台に立ち、映像の仕事を決めていく。
その姿を見るたび、嬉しい反面、自分だけが取り残されていくような焦燥感に胸を締めつけられた。

気がつけば、バイトが本業のような日々。
バイトが終われば体力作りのランニング。そうだ、今日はオーディションの結果が出る日だった。夜遅くの街灯の明かりの下で、次の現場の電話を待つ。
鳴らない携帯の画面を眺めながら
「これでいいのか」と自問する。
答えは、いつも出なかった。

そして気づけば二十代も半ばを過ぎていた。
実力も、自信も、気力さえも少しずつ擦り減っていく。
ある朝、電車の窓に映る自分の顔を見て、ふと決意した。
「もう、帰ろう」
東京で出会った人たちはみんな優しかった。
「また何か一緒にやろう」と笑ってくれたその言葉が、かえって胸に刺さった。
期待を裏切るような気がして、背を向けることが怖かった。

地元に戻ってからの生活は、驚くほど静かだった。
あの喧騒も、焦りも、夢もない。
ただ、時間だけが穏やかに流れていく。
書きかけの小説は、心の押し入れの奥にしまい込んだ。
また、脱線した。
自分は一体なにをしていたんだろう。
押し込めた気持ちに、触れることが怖かった。
役者で食べていくことを諦めた自分を、どこかで恥じていた。
あの頃の情熱を語るのが怖かった。
まるで自分の過去を失敗の象徴のように思い込んでいた。
「意味のなかった時間だった」と心の中で何度も言い訳してはふたを閉じた。

それから十年以上が過ぎた。
朝起きて、仕事に行き、家に帰る。
同じ景色、同じルーティン。
「これが幸せなんだ」と、自分に言い聞かせながら。
結婚して、子どもが生まれた。
小さな手を握るたびに、「守るべきものがある」と思った。
でもその奥で、ずっと小さな何かが燻っていた。

火が消えたと思っていた心の奥底で、まだ赤い残り火が、かすかにパチパチと音を立てていることに気づいたのは会社の仲間に、昔の映画撮影の苦労話を半ばふざけて小説風に書いて読んでもらった時だった。
「感動しました!この作品凄すぎます」
その一言が、僕の胸の奥に酸素を送り込んだ。
消えたと思っていた種火が、燃え広がるのを感じた。
そうか、やっぱり生み出したいんだ。
誰かの心に届く何かを、自分の手で。
あの大成功した舞台の喜びがフラッシュバックした。
そして気づいた。
あの頃の経験は、無駄なんかじゃなかった。
演じることも、脚本を書くことも、仲間と笑いながら徹夜した夜も、全部創作の原点だったのだ。

役者で食べていくことは諦めた。
けれど、役者を「辞めた」と思ったことは一度もない。
あの頃の表現の血は、今も体のどこかを静かに流れている。
だからこそ、今度は枠にとらわれずにやりたい。
脚本も書ける。物語も描ける。
経験があるからこそ、何かを始めたい人、挑戦したい人の背中を押せるはずだ。
それを、活かしたい。

失うものなんてなんもないじゃん。やればいいんだ。
そんな勢いで書いた小説をコンテストに応募した。
せっかくなら自分の絵本で子供を楽しませられたらと思って、思いついた絵を下手くそなりに描いてコンテストに応募した。

結果はもちろん不合格。
だが後日、コンテストを主催した出版社の編集部の方がメールをくれた。そこにはこんな文章が綴られていた。
「結果は残念でしたが、作品はとても面白く、ぜひ色々とお話を聞かせてください」
オンラインでミーティングをして色々な意見やアドバイスをいただけた。

その日の夜、家族が寝静まった静かな部屋で応募した作品の原本を眺めていた。
紙をめくる音だけがやけに大きく響く。
久しぶりに描いた絵は笑ってしまうくらいにヘタクソ。
そして訴求力のある文章ってどうしたら書ける…?
これは日々の練習が必要だ。
だから、このnoteを始めた。
作品をコンスタントに作りながら、絵の練習も兼ねて挿絵も自分で描く。
AIでパパっと生成したイラストを貼り付けるようなことはせず、自分の「手」で、自分の「言葉」でやっていく。
ただし、AIを否定するつもりはない。
むしろもっと学んで、使いこなせるようになったら、それもひとつの表現として挑戦したい。命令の出し方自体は自分次第だし、その技術を磨けば自分にしか出来ない作品を生み出すことができるはずだからだ。

要は、やるかやらないか。
努力が実るかなんて分からない。
でも、努力をしなければ何も始まらないことだけは確かだ。

僕はもう一度、脱線する。
でも今度は、逃げるためじゃない。
家庭も仕事も、全てを大切にしながら好きの方向へ。
夜のすき間時間にスマホで、眠る子どもの寝息をBGMに物語を紡ぐ。
そんな兼業作家として、もう一度夢を追っていく。
目指すのは、出版。
この手で生み出した物語が、誰かの明日をちょっとだけ明るくできたらそれ以上の幸せはない。
心のレールを、自分で敷いていく。

どれだけ時間がかかっても、止まらなければ、何か景色が変わるかもしれない。
僕の人生はまるで迷路。
つまづいては立ち止まって
引き返して手探りで進む。
だけど、いくら立ち止まっても、つまづいても、決して逃げて引っ込んだりはしない。
絵も文も下手くそで
馬鹿にされようが誠実に真っ直ぐいこう。

積み重ねること

これに勝るものはきっとないはずだ。


本日も最後までお読みいただき
ありがとうございました!

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