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世界遺産マイスターによるインド観光レポート

割引あり

こんにちは、世界遺産マイスターのche bunbun(チェ・ブンブン)です。

2024/8/23(金)~2024/8/27(火)にかけてインドへ旅行してきました。ちょうど9月から会社員に戻るため、その前に海外旅行をしようと探していたところだった。最初はトルコへ行って気球にでも乗ろうかなと思っていたのですが、ちょうど良いツアーが見つからず、範囲を広げて探していたら、インドが燃油サーチャージ込みひとり料金で23万円と破格の安さでした。

世界遺産検定1級勉強時代に知ったジャンタル・マンタル

しかも、このツアーでは世界遺産を中心に巡るものとなっており、以前から興味があった天体観測施設ジャンタル・マンタルも旅程に入っていた。行かない理由がないということで、即決で支払いを済ませ行ってきました。今までに30か国以上旅してきたのだが、今回は史上最強クラスに波乱に満ちたツアーになっていました。

「インドへ行くと人生が変わる」
「インドはハマる人と嫌いになる人がはっきりと分かれる」

と聞いたことがあるのだが、それは間違いないといえる。下調べをすると分かる一癖も二癖もあるインドコミュニケーション。実際に訪れると想像の100倍強烈なものがありました。それは別の機会に語るとして、今回は実際に訪れた場所を世界遺産マイスターの見解から語っていきます。

【想定する読者】

・海外旅行好き
・世界遺産検定の勉強をしている方(特に1級、マイスター)
・インドの文化や歴史に興味がある方

途中から有料となるので、読んで面白かったら購読していただけたらと思います。

△もう一本の有料旅行記です。

△VLOG(ダイジェスト版)です。


1.タージ・マハル/Taj Mahal

世界遺産登録年:1983年 登録基準:(ⅰ)

世界遺産といえば、真っ先に思い浮かべる人は多いだろう。インドを代表とする文化遺産タージ・マハル。タージ・マハルは世界遺産全1223件(2024年8月現在)の中でも3つしかない登録基準(ⅰ)のみが認められている遺産である。人類の創造的資質や人間の才能を示す登録基準(ⅰ)は通常、文化的価値観の相互交流や自然との共存による影響、建築様式の歴史を語る中でマイルストーンとなるケースが多く、他の基準と共に登録されることが多い。しかし、シドニーのオペラハウス、カンボジアのプレア・ビヒア寺院同様、登録基準(ⅰ)のみとなっている。理由に関してはインターネット上にてほとんど学術レベルの資料はなく、あくまで仮説になってしまうのだがタージ・マハルと同じタイミングで登録され、同じ地域に位置しているアーグラ城が関係しているのではないだろうか。こちらは、文化的伝統や文明に関する証拠を表す登録基準(ⅲ)が認められていることから、登録基準を分け合い、相互補完する形でインドの文化遺産として登録されたと考えられる。

タージ・マハルの世界遺産登録に関するICOMOS評価(1983)

ユネスコの世界遺産登録ページには、当時の評価に関するドキュメントが閲覧可能となっている。この仮説を検証するために、諮問機関ICOMOSの文書を読んでみた。

That the proposed cultural property and that of the Agra Fort form a joint proposition for inscription on the World Heritage List.
提案された文化財とアーグラ城塞の文化財は、世界遺産リストへの登録に向けた共同提案となる。

タージ・マハルの世界遺産登録に関するICOMOS評価(1983)

This exceptional moment, the Taj Mahal, could be inscribed on the World Heritage List based on criterion I.
ICOMS would propose, however, that cultural property should be cited in
a new proposition which would not dissociate it from the Agra Fort, another monument of the Mogul dynasty.
この例外的な瞬間であるタージ・マハルは、登録基準(i)に基づいて世界遺産リストに登録される可能性がある。しかしながら、ICOMOSは、ムガル帝国のもう一つの記念碑である文化財アーグラ城と切り離さないような新しい提案で引き合いに出されるべきである。

タージ・マハルの世界遺産登録に関するICOMOS評価(1983)

やはり、世界遺産登録を行う際にタージ・マハルとアーグラ城は密接な関係にあったといえる。今となってはシリアル・ノミネーション・サイトは当たり前の概念としてアンコール遺跡などで認められているが、1983年当時はまだそういった概念が十分に確立されていなかったことがうかがえる。

インドには野良犬が多い。チケット売り場で寝ていたりする。

さて、そんなタージ・マハルだが、事前に聞いていた話と大分異なる部分がある。10年以上前、「深夜特急」とかブログなどといったクレイジージャーニー系のを読み物を漁っていた時、「タージ・マハルでは物売りやカメラ男、物乞いがしつこい」といったことを聞いたことがある。

しかし、他の遺産もそうだが、現在では警備員が入り口に立っており、中に入る人を制限しているため、そうした人から話しかけられることは少ない。特にタージ・マハルは今回訪れた場所の中で最も厳しく、パスポートケースの中身も綿密に調べられるボディチェックをクリアしてから中に入るシステムとなっている。また、墓廟内部に入る際にも検問があって、チケットチェックされる厳しさがあるのです。もちろん、カメラ男はいたりするのだが、非常に少ないので、タージ・マハル周辺のお土産屋に近づかなければ話しかけられることはないだろう。

有名スポットだけあって人口密度が高い。

さて、まず驚かされるのは人口密度の高さにある。墓廟へと続く水路の前では多くの観光客が写真撮影をしている。日本人の観光客もサリーなどといった伝統衣装をまといながら思い思いの写真を撮影している。

タージ・マハルは17世紀にムガル帝国5代皇帝シャー・ジャハーンが妻ムムターズ・マハルのために建てた墓廟。ガイド曰く、彼はヒンドゥー教やキリスト教などを迫害、虐殺したことで悪いカルマが巡ったため、ムムターズ・マハルを産褥熱で失ったとのこと(14人目の子どもを産む中での死)。そして、彼女を弔うべく1632年から20年近くかけて墓廟が建てられたのです。墓廟は四方、どこから見ても同じような形に見えるように基壇の四隅に高さ42mの塔ミナレットが配置されている。

墓廟までの途中には水路の中間スポットがある。
現在は水が張ってないのだが、噴水として機能しているとのこと。
水路によって4つの空間に庭を分割するペルシア式四分庭園(チャハル・バーグ)の特徴が見られる。

墓廟へと向かっていくと、段差のような空間が現れる。今回巡った遺産の多くで見られた特徴といえる。これはペルシア式四分庭園(チャハル・バーグ)と呼べれるものです。正方形の空間の中央に噴水などといった空間を配置し、東西南北に水路を敷く。左右対称幾何学的な水路によって庭園を4つに分割するのだ。

モスク(墓廟左側)
迎賓館(墓廟右側)

タージ・マハルは左右対称になるように建設されているため、墓廟左右にある建造物も役割は異なるが、全く同じ構造となっている。墓廟に向かって左側にあるのがモスク、左側にあるのが迎賓館です。

ところで、海外旅行でガイドから説明を受けた際に、帰国後に事実確認をしたことはあるだろうか?世界遺産マイスターを取得した身として、メモした情報と「世界遺産大事典」などの資料を比較しながら書いているのだが、ある諸説に関して差異が確認された。

それはタージ・マハルの設計者です。一般的にはペルシア人のウスタド・アフマド・ラホーリー説が主流なのだが、彼はペルシア人のイササーンが設計したとして説明していた。ただ、本質的なところでは下記の2点で一致しているといえる。

・ペルシア(イラン)から建築家を招致した。
・墓廟を建設後、類似の建造物が作られないように建築家の両腕をナイフで切断した。

墓廟のイーワーンにはペルシャ語が刻まれている。

恐らく、ペルシア建築の特徴であるイーワーンが設けられており、外側にはペルシャ語が刻まれていることから、建設家はペルシャ出身であることは間違いないのであろう。ただ、具体的な人物に関しては歴史学者によって見解が異なり、どれを有力とするかで説明が変わってくる感じといえる。また、ガイドからヒンドゥーとペルシアの様式の見分け方を教えてもらう。

クトゥブ・ミナール周辺の施設の柱にヒンドゥー教の面影が現れている。

ヒンドゥー様式では、山の形をした模様が使われる傾向がある。デリーにあるクトゥブ・ミナール周辺にある施設の柱に着目すると、段々と山になっていくような模様が確認できる。これがヒンドゥー教の様式が反映されている目印となっている。

迎賓館のイーワーンをよく見るとドーム状の模様が施されている。

一方でペルシア様式では、ドーム状のモチーフが使われる。実際にタージ・マハル墓廟左側にある迎賓館のイーワーンをよく見ると、丸みを帯びたドーム状の模様が見えるだろう。

墓廟内部。ムムターズの墓は写真撮らないでとのことだったので上の部分だけ撮影。
ちなみに墓廟は入口で配布された靴カバーを付けて入る。
帰国後に「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」のカース・ガノン戦と比較したのだが、ゴシック建築でした。(参照:RTA in Japan 2020: ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド)

墓廟内部に入ると、既視感を抱く。「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド」のラスボス「カース・ガノン」との戦いに使われるフィールドと似ていたのだ。ひょっとして参考にしているのかなと思って、この記事を書く際に動画で検証してみた。結論からすると、違う可能性が高いことが分かった。確かに

1.ドーム状の空間
2.二層構造

リブ・ヴォールト(Wikipediaより引用)

の観点で似ているのだが、カース・ガノン戦で使われる空間は、リブ・ヴォールトと呼ばれる骨格を交えるように壁を支えている構図を取るゴシック建築の様式であった。またイスラム建築に現れるドーム状かつ頂点が鋭利に強調されたものを確認できなかったので恐らく、別の建築を参考にしたと思われる。事後検証の大切さを改めて知る。

2.デリーのフマユーン廟/Humayun's Tomb, Delhi

世界遺産登録年:1993年/2016年登録範囲変更 登録基準:(ⅱ)(ⅳ)

先述の通り、シャー・ジャハーンは類似の建造物が作られないように建築家の両腕を切断した。しかし、タージ・マハルの原型となる建築がデリーにあるのだ。タージ・マハルが完成する約100年前の1570年、ムガル帝国2代皇帝フマユーンの墓廟として建てられました。インド初のイスラム廟建築であり、王妃だけでなく宮廷人など150名が埋葬されており、廟の内外に墓が設置されている。タージ・マハル同様、墓本体の撮影は良くないとのことなので、それを除いた写真を基に語っていく。

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