イタリアの世界遺産まとめ(メモ)
イタリアの世界遺産は人や建築、様式がたくさん出てきて難しいので、メモを残すことにした。
東方正教会
・アクィレイアの考古地区とバシリカ総主聖堂
→東方正教会の中央ヨーロッパ布教拠点
→ロマネスク様式だったが、地震で壊れた部分はゴシック様式に替わる
→モザイク画にXとPを合体させたラバルムがある。
スカーラ家
・ヴェローナの市街
→13世紀〜14世紀にかけてスカーラ家が繁栄をもたらし、
カステル・ヴェッキオなどを残した。
→アレーナ・ディ・ヴェローナ(円形闘技場)
→エルベ広場(ヴェネツィア共和国の象徴、サン・マルコの円柱残る)
→シニョーリ広場
→ラジョーネ宮殿
→ロミオとジュリエットの家
※ロミオとジュリエット関連でいえば「マントヴァ」も世界遺産
■イタリア・ロマネスク:サン・ゼーノ・マッジョーレ聖堂
■ロマネスク+ゴシック:ドゥオーモ→サン・テレナ教会を繋ぐ回廊あり。
古代ローマ
・ポンペイ、エル・コラーノ、トッレ・アヌンツィアータの考古地区
→紀元79年ヴェスヴィオ山の噴火により埋まる。
→外科医の家
→オプロンティスのヴィッラ(ネロ帝の后)
・ティヴォリのハドリアヌス別荘
→五賢帝ハドリアヌスの別荘
→スキア・ポイキレ:ゼノン講義行う。
→ポイキレ:池
→カノプス:エジプトの再現
・ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ
→宗教色ない絵が多い(ヨルダンのクセイル・アムラに近い)
・ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂
→ウルバヌス8世の城壁内:1990年に登録拡大(最初の登録は1980年)
→サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂(城壁外にある)
→オオカミに育てられた双子のうちロムルスがパラティーノの丘に
ローマを築いた。ローマの由来。
→ミケランジェロ、ラファエロ、ベルニーニ
→フォロ・ロマーノ:カエサルにより整備されたローマ市民の広場
→コロッセウム
1層目:ドーリア式
2層目:イオニア式
3層目:コリント式
→パンテオン
■アグリッパ建設
■ハドリアヌス帝改築
■ミケランジェロ「天使の設計」と賞賛
→フォーリ・インペリアーノ
トラヤヌス帝がダキアに勝利記念の「トラヤヌス帝記念柱」残る。
・アグリジェントの考古地区
→ギリシャの植民都市アクラガス
→紀元前406年にカルタゴによって破壊※ヘレニズム・ローマ時代の到来
→神殿の谷※ギリシャ神殿並ぶ
→コンコルディア神殿(ドーリア式)
・ヴァルカモニカ
→ローマ帝国の侵略により8,000年に及ぶ岩絵の歴史は幕を下ろした。
・カステル・デル・モンテ
→フリードリヒ2世
→八角形の城
ヴェネツィア共和国
・ヴェネツィア共和国の防衛施設群(16-17世紀):スタート・ダ・テッラと西スタート・ダ・マール
→スタート・ダ・テッラ:ヴェネツィア共和国北西方面の防衛
→スタート・ダ・マール:アドリア海レヴァント地方防衛
・ヴェネツィアとその潟(アドリア海の女王)
→ヴェネト人がトルチェッロ、イェーゾロ、マラモッコなどのラグーナに都市を築いた
→ビザンツ帝国に従属しながら実質の独立国となる。
※火災により消失したサン・マルコ大聖堂はビザンツ様式で再建
→9世紀に聖マルコの聖遺物持ち込まれる。
→ドゥカーレ宮殿→ヴェネツィア共和国総督の邸宅へ改装。
→カナル・グランデのリアルト橋→ティントレット「天国」
→カ・ドーロ:ヴェネツィア・ゴシック様式の邸宅(黄金の館)
→サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂:バロック様式
→1986年からユネスコが救済団体を組織して支援活動。
スペイン・ブルボン王朝
・カゼルタの18世紀の王朝、ヴァンヴィッテッリの水道橋、サン・レウチョの関連遺産
→カルロス3世が建設した王宮
→ルイ14世(ヴェルサイユ宮殿)に対抗
→フランス式庭園(幾何学系)と一部イギリス式庭園(自然系)
→サン・レウチョ:フェルディナンド4世建設
サヴォイア家
・トリノのサヴォイア家の王宮と邸宅
→カリニャーノ宮殿:イタリア王国統一後はじめての議会が行われた
エステ家
・ティヴォリのエステ家別荘
→枢機卿イッポリート・デステによって建設
→ナポリの建築家ピッロ・リゴーリオによりベネディクト会修道院を
住居兼庁舎に改装
→楕円の噴水:人の動きで水の流れ変わる
→オルガンの噴水:水圧でオルガンが自動演奏される。
→ルネサンス様式
・ルネサンス都市フェッラーラとポー川のデルタ地帯
→エステンセ城
→新街区設計ビアージョ・ロセッティ
エトルリア
・チェルヴェテリとタルクィニアのエトルリア古代古墳群
→チェルヴェテリ:バンディタッチャ墳墓
→タルクィニアのモンテロッツィ:6,000もの墳墓
地中海文明
・シラクサとパンタリカの岩壁墓地遺跡
→「あらゆるギリシャ都市のなかで最も美しい」byキケロ
→ビザンツ時代の痕跡残る。
ナポリ
・ナポリの歴史地区
→初期の名はネアポリス-新しい都市
→古代ローマ、東ゴート王国→ビザンツ帝国
→ヴェスヴィオ火山と織りなす風景「ナポリを観てから死ね」
→スパッカ・ナポリ:下町風情溢れるまち
→カステル・デッローヴォ(卵城):城の建築時に卵を埋め込み、
「卵が割れるとき、この城とナポリの街も滅びるだろう」と
呪文をかけた伝説にちなむ。
→サンタ・キアーラ教会:信仰の中心
→ドゥオーモ:サン・レスティトゥータ
・チレント・ディアノ渓谷国立公園及び遺跡群と修道院
→植民都市パエストゥム
→街パドゥーラのサン・ロレンツォ修道院(バロック様式)
シエナ
・シエナの歴史地区
→政治組織コムーネ
→ペストにより衰退しフィレンツェと併合
→カンポ広場:「世界で最も美しい広場」
→マンジャの塔
・オルチア渓谷
→14~15世紀、シエナによって開墾
→文化的景観(美しい田園を作ろうとした)
→丘陵や集落を結ぶ道に糸杉
サン・ジャミーノ
・サン・ジャミーノの歴史地区
→肯定派(ギベリン)VS教皇派(ゲルフ)
→塔がいっぱい
→ポポロ宮
→サンタ・マリア・アッスンタ参事会聖堂(ロマネスク様式)
モデナ
・モデナ:大聖堂と市民の塔(トッレ・チヴィカ)、グランデ広場
→ロンバルディアの建築家ランフランコ
→ギルランディーナ
メディチ家
・フィレンツェの歴史地区
■ジョヴァンニ・ディ・ビッチ:金融業で莫大な財を得る
■コジモ・ディ・ビッチ:図書館や公共施設を作る。
ヨーロッパ初の孤児院やメディチ・リッカルディ宮作る。
■ロレンツォ・デ・メディチ(イル・マニーフィコ):ボッティチェリ、
レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ支援
■コジモ1世:ヴェッキオ宮(ゴシック様式)
■アンナ・マリア・ルイーザ・デ・メディチ
「メディチ家の財産はフィレンツェのもの」→ウフィツィ美術館
→サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂:
クーポラはブルネッレスキ設計
・トスカーナのメディチ家の別荘と庭園
→ヴィッラ・ディ・カファッジオーロラ
モンテフェルトロ家
・ウルビーノの歴史地区
→ルネサンス文化の中心
→ドゥカーレ宮殿
(ルチアーノ・ダ・ラウラーナ、
フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ)
※「イヨーレの居室」「メラランチの居室」
→ドゥーカの居室:ボッティチェリやブラマンテの寄せ木細工
→ラファエロ・サンティの生誕地
ゴンザガ家
・マントヴァとサッビオネータ
→ロミオとジュリエット聖地
ヴィチェンツァ
・ヴィチェンツァの市街とヴェネト地方のパッラーディオ様式の別荘群
→アンドレア・パッラーディオ
→パッラーディオ様式
→ヴィッラ・カプラ(ラ・ロトンダ)
※シャーロットヴィルのモンティチェロと
ヴァージニア大学に影響を与える。ロトンダと呼ばれる図書館がある。
トスカーナ地方
・ピエンツァの歴史地区
→ピウス2世の出身地
→ベルナルド・ロッセリーノ建築
・ピサのドゥオーモ広場
→パレルモ沖海戦に勝利して栄えた
→説教壇:ニコラ・ピサーノ「新約聖書」モチーフ
マテーラ
・マテーラの洞窟住居サッシと岩窟教会公園
→ピタゴラス学派の影響を受けた建築
→洞窟住居(ノー・タイム・トゥ・ダイのロケ地の近く)
→サンタ・マリア・デ・イドリス教会
→サンタ・マリア・デッラ・コロンバ教会
ポルトヴェーネレ
・ポルトヴェーネレ、チンクエ・テッレと小島群
→ポルトヴェーネレ「ヴィーナスの港」
1.モンテロッソ・アル・マーレ
2.ヴェルナッツァ
3.コルニリア
4.リオマッジョーレ
5.マナローラ
→オリーヴ、オレンジ、ブドウなどの畑地を開墾
→ジョージ・ゴードン・バイロンに愛された。
アマルフィ
・アマルフィ海岸
→天国の回廊:アラブ・ノルマン様式
→パレルモ(モンレアーレ大聖堂)
※シンクレティズムの代表
ピエモンテ
・ピエモンテとロンバルディアのサクロ・モンテ
→イスラム勢力によるエルサレム巡礼の困難さに伴う代替
→ヴァラッロ・セジアのサクロ・モンテ→エルサレム再現
アッシジ
・アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群
→サン・フランチェスコ聖堂:ゴシック様式の代表作
→小鳥への説教
→シモーネ・マルティーニ、ロレンツェッティ兄弟
シチリア島
・ヴァル・ディ・ノートルの後期バロック様式の都市景観群
→サン・ニコロ大聖堂:シチリア・バロック建築の傑作
→地震後に再建
1.カルタジローネ
2.ミリッテッロ・イン・ヴァル・ディ・カターニア
3.カターニア
4.モディカ
5.ノート
6.パラツォロ・アクレイデ
7.ラグーザ
8.シクリ
ラヴェンナ
・ラヴェンナの初期キリスト教建造物群
→ホノリウスがローマから遷都
→6~8世紀ビザンツ帝国の拠点
→ユスティアヌスとテオドラが繁栄に導く
→サン・ヴィターレ聖堂
→ダンテ「色彩のシンフォニー」
→サン・タポリナーレ・イン・クラッセ聖堂「キリストの受容」
→東ゴート王国ゆかりの地
→ガッラ・プラチディア霊廟
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