「これ、あの記事とそっくり…」ChatGPTユーザーが味わった衝撃体験
みなさん、今日もおつかれさまです。なんとか木曜日が終わり、平日は残すところあと1日ですね。
子育てしていると
"やったぁぁぁー!あとちょっとで休日だぁぁぁー!"
というテンションにはちょっとなりづらいですが・・・
なんやかんや仕事に育児にバタバタしながらも、なんやかんや生きているワーママあかりです。
それもこれもChatGPTのおかげです。
いや、マジで。
「ChatGPTに記事書かせてるんです」
って言うと、けっこうな確率で「ずるい!」「楽そう!」って言われます。
いや、まあ、たしかに楽ではある。
ネタも構成も書いてくれるし、口調も整ってるし、語彙も豊富。
「ライティングの魔法の杖(つまりワタシにとっての神)」って感じ。
でもね。
ある日、めちゃくちゃゾッとする体験をしました。
今日は、そんな、ChatGPTを使っていて思わず「うわ…」と声が出てしまった、ちょっとした体験をシェアさせてください。
ネタを考えるとき、ChatGPTに壁打ちしてます
私は記事を書くにしろ何をするにしろ、まずはChatGPTに壁打ちすることが多いです。
最近読まれているテーマって何だろう?
今の読者の興味に合いそうな切り口は?
このネタ、5章構成にできるかな?
そうやってChatGPTとやりとりしながら、ふわっとしたアイデアを言語化していきます。
タイトル案、章立て、書き出しの例文まで出してもらって、そこから自分らしい流れにしていく。
この「壁打ちパートナー」としての使い方、めちゃめちゃ良いですよね。
ある程度このやり取りになれてくれば、記事も短時間で出来上がるし。
だから私以外にも、同じような使い方をしているひと、いるんじゃないでしょうか?
まさかの“まるかぶり”事件発生
ある日、noteを開いて読んでいたときのこと。
「なんかこのタイトル見たことあるな…」と思って、クリックしてみたら——
そこに書かれていたのは、ChatGPTに壁打ちしてもらったあの案と、まるっきり同じ構成・文章だったんです。
導入文のテンションも
見出しの流れも
オチのまとめ方も
ほとんど、私が保存していた下書きと一言一句変わらないレベルで一致していました。
読んだときはビックリしすぎて(ある意味ショックで)心臓が飛び出るかと思いました・・・
2つの意味でショックだった
なにがショックだったかと言うと。
ChatGPTという“共通の壁打ち相手”を通すと、全く同じアウトプットに辿り着いてしまう、その事実に私自身が今まで全く気が付いていなかったこと。
そして、さらに2つのショックが私を襲いました。
ひとつ目は、「あ、これ誰でも書けちゃうんだ…」という落胆。
私だけのアイデアだと思っていたものが、AIを通すと“誰にでも出せるアイデア”に変わってしまう。というか、AIが提案してくる内容は誰に対しても行っているものである。
それに気づいた瞬間、ちょっと冷めた自分がいました。
ふたつ目は、「これ、ChatGPTで書いたってバレてるかも…」という気まずさ。
その記事を読んでいたとき、自分でも「あ、これ絶対AI使ってるな」とわかったからこそ、
“自分の文章も、同じように見られてるかも…”という恥ずかしさがこみ上げてきました。
ChatGPTは、共通の“壁打ち相手”。だからこそ注意が必要
ChatGPTって、本当に便利です。
思考を整理したり、言葉にしてくれたり、壁打ち相手としては最高。
でも、多くの人が同じように使っている以上、出てくる案や文章が“テンプレ化”してしまうのも当然なんですよね。
そのまま使えば、自分の記事が“その他大勢の1つ”になってしまう。
だから私は、“手直し前提”で使うようになった
それ以来、私は少しずつ、ChatGPTの文章にツッコミを入れることを意識するようになりました。
「そもそもこのテーマ設定は抽象度が高くて他の人と被りそう」
「このタイトル、ちょっと盛りすぎじゃない?」
「この例え、私らしくないな」
「サラッと書いてるけど、良く分からんぞ」
「ここ、私ならもっと迷ってる感じを出す」
「そもそも、“綺麗にまとまりすぎ”じゃない?」
そうやって、ChatGPTをそのまま使うんじゃなくて、対話しながら自分らしく染めていく。
そして、一度書き上げた文章を何回か読み直して、適宜ツッコミを入れながらオリジナリティを高めていく。
そうしてようやく、「これは、私の記事だ」と思えるものに仕上がると思っています。
なぜ書いているのか?を、意識する
ChatGPTを使えば、確かに記事は“量産”できます。
でも、「たくさん書くこと」だけが目的になってしまうと、“なぜ書いているのか”という大事な視点を見失いやすくなるのかもしれません。
ChatGPTはあくまで目的を達せするためのツールであり、ゴールではありません、
そもそも私は、何のために企業サイトにコラム記事をアップしているんだっけ?
なんでnoteを書き始めたんだっけ?
誰に、どんな影響を与えたくて、この文章を届けているんだっけ?
——目先の成果を意識しすぎると忘れがちだけど、そこを常に意識することが実はめちゃくちゃ重要であるということも、この衝撃体験がくれたもののひとつでした。
ChatGPTは編集者。最後に書くのは、やっぱり自分
ChatGPTは、すごく優秀です。
でも、あまりに頼りすぎると、“誰が書いても同じ記事”になってしまう危うさもある。
私にとっての理想は、ChatGPTを「手のかかるけど優秀な編集者」として使うこと。
助けてもらいつつ、最終的には自分の声で締めくくる。
衝撃的な体験をして以来、それが、私なりのAIとの付き合い方になりました。
もしかしたらChatGPTに私のプロフィールをもう少し読み込ませて、私が持つ考え方とか、私の趣味嗜好とか、そのあたりを熟知してもらう(つまり、人となりをしってもらう)ことで、オリジナリティを出していくこともできるのかもしれませんね。
このあたりは探求が必要だなと感じます。
似たような経験、したことありますか?
もしあれば、ぜひコメントで教えてください。
「自分だけじゃなかった」と思えることが、けっこう励みになるんです。
そして、AI時代の“自分らしい表現”について、一緒に考えていけたらうれしいです。
