話を聴くことについて、ここまで気づいてきたこと
これまで、
「話を聴くこと」について
少しずつ書いてきました。
けれど、書きながら
何度も浮かんできたことがあります。
あのとき、私は
本当に話を聴けていたのだろうか。
その問いが、
ずっと心の中に残っていました。
■ 聴いてもらえなかった記憶から
最初は、
自分が「聴いてもらえなかった」経験からでした。
話している途中で、
話題が変わってしまう。
気がつくと、
自分の話ではなくなっている。
そのたびに、
「ただ、最後まで聴いてほしかっただけなのに」
そう思っていた気がします。
■ 聴こうとして、やりすぎていたこと
だからこそ、
「ちゃんと聴こう」と思うようになりました。
けれど、その気持ちが強くなるほど、
何か言わなければ
役に立たなければ
そんな思いが先に出てしまっていたのかもしれません。
■ 手放してみてわかったこと
少しずつ、
途中で口をはさむこと
話を先に読もうとすること
沈黙を怖がること
そういったことを手放してみると、
相手の言葉が、
自然に続いていくようになりました。
■ 最初にやってみたこと
最初から全部できたわけではありません。
ただひとつ、
「途中で止めずに、少し待つ」
それだけを意識してみました。
それだけで、
変わっていくものがありました。
■ そして、残っている問い
ここまで書いてきても、
やっぱり思うのです。
あのときの私は、
本当に話を聴けていたのだろうか。
人生の大事な場面で、
その人にとって必要なかたちで、
聴くことができていたのだろうか。
と。
■ 今の私
今の私は、
「聴く」ということを、
あらためて学びながら、
日々、人の話を聴きながら
少しずつ、
「聴くこと」の意味を知ろうとしているところです。
まだ途中なのだと思います。
■ おわりに
「話を聴く」ことは、
何かを足していくことではなく、
少しずつ手放していくことなのかもしれません。
そして、
たったひとつのことからでも、
始められるものなのだと思います。
もしよければ、
あなたにとっての「聴く」ということを、
少しだけ思い出してみてください。
そこにも、
大切なものがあるのかもしれません。
