時計を買わないために、毎日時計をつけてみる
この重さに、いつになれば慣れるのだろう。
父の形見のグランドセイコー。日本一の誉れ高き腕時計だ。手首に通すたび、ひやりとしたステンレススチールの感触が肌を刺す。
裏蓋に刻まれた獅子が、生半可な僕を威嚇しているようだ。
冬の朝は特に冷たい。スマートフォンがあれば寸分の狂いない時間がわかるのに、なぜこれをつけるのか。
手を洗うたびに外し、濡らさぬよう気を遣う。重い。面倒だ。
高級時計を持つのは「くだらない」と思っていた。
時間を知るための道具に、何十万、何百万もかける意味がわからなかった。ただの自己顕示欲の塊。そう思っていた。
けれど、ジャガールクルトのレベルソよ。その反転するケースの精巧な機構と、無駄のない美しさで、僕の胸をざわつかさないでくれ。
ブライトリングのクラシックなクロノグラフよ。計算尺として実際に使用できる文字盤になぜこだわる。
レシプロエンジンで動くプロペラと、翼に憧れながらバイクに乗っている僕がつけたら、ヒヨコに立派なとさかを付けるようなものだ。
そんなものを持って、どうする。時間も計算もスマホで十分なのに。
だからこそ、この馬鹿げた物欲を断ち切るために、僕は手持ちの時計の中で一等上等なグランドセイコーを毎日つけることにした。
面倒くささを味わい尽くせば、欲望も冷める。・・・はずだった。
ところがある朝、困ったことが起こった。
冷たかったブレスが、いつの間にか体温を反射し、馴染んでいる。まるで、もとからそこに在ったかのように。
親父の時計が、僕を試している。
今日もまた葛藤を味わえばいい。窮屈で気を使わせるタイムピースを日に何度も付けては外しながら、僕は抗い続ける。
外してポケットに入れたまま、忘れて一日を終える日や、机の角にぶつけてヒヤリとさせる日も幾たびか。
それでもこの腕時計を手放すことは、たぶんない。買い足すことも、きっとないと願いたい。
そして、つけるたびに思うのだ。これは欲望なのか、それとも上質なものが与えてくれる恍惚なのか。
そして今日もまた、重量約135gの高級な手枷のバックルを留める。
もう、充分だろう?僕。
はやく釈放してくれよ、と思いながらも甘い幻想に捕らわれ続ける、僕は囚人だ。
