「深夜2時のエレベーター」制作日記 Day23|体という鞄
どうもサラリーマンAI絵本作家の本郷ジェイピーです。
今日は23ページ目。
物語は修一が長年抱えてきた「死への恐怖」の正体へさらに近づいていきます。
■ 誰にも話せなかったこと

祖父は修一をロビーの片隅にあるソファへ連れていきました。
そして昔話をするような穏やかな口調で言います。
「おまえは昔から、死ぬことを怖がっていたな。」
修一は驚きました。
この恐怖について誰かに話したことは、
一度もなかったからです。
修一は少し迷ってから
胸の内を打ち明けました。
「死んだら、全部終わると思っていた。
考えていたことも、思い出も、自分という存在も。
何もかも消えるんじゃないかって。」
祖父は、
何も否定せず静かにうなずきました。
■ 旅行鞄
「人間の世界から見れば、そう見えるだろうな。」
そう言うと
祖父は近くに置かれていた
一つの旅行鞄を指さしました。
「この鞄が壊れたら、中に入っているものまで消えると思うか?」
修一は答えます。
「思わないよ。」
祖父は
小さくうなずきました。
「体もそれと似たようなものだと、ここでは考えるらしい。」
修一は旅行鞄をじっと見つめます。
鞄とその中にあるもの。
もし、それが別々なのだとしたら。
体が役目を終えることと
「自分」という存在が消えることも
同じではないのでしょうか。
■ 教えるのではなく
不思議なことに祖父の言葉は
何か新しいことを教えようとしているようには聞こえませんでした。
「こう考えなさい。」
そう説得しているわけでもありません。
むしろ修一自身がずっと昔から知っていた何かを
ゆっくりと思い出させようとしているようでした。
修一は何も言わず
しばらく旅行鞄を見つめていました。
自分は「体がなくなること」と
「自分がいなくなること」を
ずっと同じだと思っていた。
でも、本当にそうなのだろうか。
23ページ目は、「体と自分の関係」を旅行鞄にたとえて描いています。
鞄が壊れても、その中に入っていたものまで同時に消えるわけではありません。
もし体も、人生という旅のあいだ「自分」を運んでくれる鞄のようなものだと考えたら、死の見え方は少し変わるかもしれません。
次回もどうぞお楽しみに。
