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それ、本当に欲しいもの?——他人の正解で埋まっていく私たちへ #創作大賞2025


高校生の頃、修学旅行前。
母に頼み込んで買ってもらった
赤いチェックのシャツがあった。

地元の駅ビルで見かけた、
ちょっと背伸びしたブランド。

「かわいい」がデフォルトの
あの子が着ていたから、
どうしても欲しかった。

「これ着てれば、浮かない気がする」そう思った。
なのに結局、一度も着なかった。

いつかの引越しのタイミングで
とっくに手放してるのに、
なぜか今でも、
あの服は私のクローゼットの奥にいる気がする。

──浮かないために選んだ服が、
ずっと“出番のないまま”心に残ってるなんて。
思い出すたびに、ちょっとだけ笑えて、
でも、胸の奥が苦しくなる。



あのときの感覚を、大人になった今も
繰り返してる。

インスタで流れてくる
「骨スト大優勝」「イエベ秋マストバイ」
Amazonでポチった
「レビュー星4.8の神アイテム」

みんなが褒めてる。持ってる。安心してる。
だから、私も欲しくなる。

でも──
それ、本当に“私”が欲しかった?

違う。
「はみ出したくなかった」
ただ、それだけだ。

服も、バッグも、フォローリストも、仕事の空気も。
選んでいたつもりだった。

けれど、いつの間にか“選ばされていた”
そのことに、気づかないふりをしてた。



ある夜、深夜2時。
眠れなかった。
クローゼットを開けた瞬間、息が詰まった。

服はぎっしりあるのに、着たいものが一枚もない。

衝動的に、全部引きずり出した。
床が見えなくなるほど、布が積もった。
ひとつずつ、手に取っては問いかける。
「なんでこれ、欲しいと思ったんだっけ?」


一番きつかったのは、
30歳の時ボーナスで買った
ベージュのワンピース。
初デートにも着ていった、大切な一着。

今の私にはもう似合わない。
見た瞬間にわかった。
でも、ゴミ袋に入れるのを躊躇った。

「高かったし」
「褒められたし」
「痩せればまた」

……どれも違った。

あの服には、ちょっとだけ誇らしかった私がいた。
自分を認められた数少ない瞬間を、
なかったことにする気がして、捨てられなかった。

怖かったのは、モノを捨てることじゃない。
あのときの自信まで、
一緒に失くしてしまいそうで。

でもその夜、私はちゃんと選び直した。

フォローを外した。
服をゴミ袋に入れた。

あの赤いチェックのシャツの記憶も、
そっと手放した。



翌朝。
クローゼットには、ほんの数着しか残らなかった。

不安はあった、少しだけ。
でもそれ以上に、静けさがあった。
背中が軽くなっていた。
ようやく、自分の感覚で選べる気がした。

……まぁ、翌週またネットで
新しい服ポチってたんだけど。

でも、あの夜の選び直しが、
今も自分のどこかに残ってる。

だから、たぶん、それでいい。



私は、足りない自分をモノでごまかしてた。
欠けてることを認めるのが怖くて、
持ち物で埋めてただけだった。

“足りない”と感じてた理由は、
持ち物の量じゃない。

私は、自分の「好き」「いらない」も、
ちゃんと向き合って選んでこなかった。



最後に、ひとつだけ。
あなたが今、欲しがっているそのアイテム。
それ、本当に、あなたが選んだものですか?

それとも、 誰かの「正解」に合わせて、
ただ埋めているだけですか?

今日ひとつ。手放そう。
迷ったら、それが合図かもしれない。
よかったら、コメントで教えてください。



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