見出し画像

恋の墳墓 26

あれは確か金星 ――村隅 徹の手記11

 俺の中の腐敗は増大していき、明美、もうお前はいない。こんな日がいつまでも続くわけがない。ものごとには始まりがあるように、行き着く果ての力尽きるエネルギーの終焉がある。終わりがあるから救われる。百年誓った男女の恋も、明日の朝には朽ち果てる。ならばこのまま一生、幻の中、醒めない夢を見ているべきではなかろうか。こんな俺にもう誰も関心を払わない。俺はどこにいて何をするのか。この思いはどこへ飛んでいき、どこへ消えていくのか。そもそも考え、悩むことに何の意味があるのか。誰からも認識されず、もうどこにいるのかわからない。

 あの夏も戻らない。あのまぶしい笑顔。あの無意味な生の消費。燦爛たる夏の闇の記憶が俺をうちのめす。明美との時間がおぞましい。あの頽廃がおぞましい。人生はとてつもなく周到に仕組まれた懲罰だから、目を開けて、すべてのものを見尽くさなくてはならない。休息があってはならない。人生は音楽のように流れ続け、そのクライマックスは破綻で閉じられる。明美、もうわかっただろう。俺の煙(スモッグ)の正体は、嫌悪し続ける俺自身の波動なのだ。俺が世界を嫌悪し続けるかぎり、この煙も加速度的に増大していく。不調和な嫌悪の波だから、それは作用し反作用され、俺に戻ってきた。世界中から爪弾きされる自分を選んだのはこの俺だ。運命などではない。結局、すべては俺の選択だった。この不快なモヤは俺の念の力。俺の負の感情が肉を腐らし、スモッグとなって発散された。
 
 尊敬という言葉は、考えて、考えて、考えて、考えた末に、これが俺だと思える開き直りの瞬間に天からやってくる。自分を掛け値なしに評価できたときにそれは与えられる。この考えるという力は重い苦役だ。それは自分の能力を諦めない闘志だからだ。考えることを放棄するとき、それは自分であろうとする努力をやめるときだ。自分が自分であろうとするためには自分以外の世界と闘わなければならない。なぜすぐ諦める? お前が正しいのであれば、既存の神に匕首(あいくち)を突き上げろ。それが考えるということだ。考えることが罪で、知ることが罪で、判断することが罪で、動くことが罪で、それを放棄した穏やかな精神の鋳型が人間の成熟だというのなら、そんな成熟はいらない。もう俺の煙(モヤ)に誰が咳き込もうと知ったことか。俺は俺であり、俺の道行きによってのみ俺であり得る。世界は誤謬に満ちている。その誤謬をそっと許してやろう。この許しは世界を突き破る不動の祈り。
 
 明日、俺はミウに会い行く。出会いを求めている? 違う。何かと決別するために。

 いまも俺はぎりぎりで生きている。この肯定がなければ俺は崩壊してしまう。なのに、いま、どうしようもない無力感に見舞われている。世界中が俺を必要としていないように思われる。生きていくことは苦渋に満ちている。だのに生きていくためには、生きているという実感が絶えず必要で、その証が確認できないとき、人は深い絶望を味わう。
 大切な人がいて、その人が離れていくことがどんなにつらいことか。誰でも子供の頃に母親との関係でそれを知っている。あの乳房の抱擁からの離脱。母親は世界でただひとり全的に自分を容認してくれる存在だ。母親の愛だけは無条件で見返りを求めない。多くの者はその愛との緩やかな離脱を経験してから社会性を身につけていく。だが中には不当に放置される子供もいる。否定された魂は忘れない。正当に愛されなかった者たちはやがて母性の否定へはしるようになる。正当な愛し愛される関係を自ら否定せずにはいられない。性的異常者になったり、自己の評価が低くなって娼婦になったり、あるいは自傷し、あるいは他者を傷つける。否定し破壊することが彼の愛情表現なのだ。それは失われてしまった愛の代用品を求め続ける行為でもある。彼はひとり決意する。救いの神は死んだ。ならば自分が神になると。そして長いながい暗渠をくぐって、やがて遠い光の果てに辿りつく。本当の出会いがそこにある。どんなにグロテスクな怪物でも、それが真実の出会いと思えるとき、その邂逅が彼を救う。……彼は肯定されたかった。愛されたかった。永らく誰かに必要とされたかった。たとえ怪物との抱擁でも涙に時間を忘れるだろう。遺棄された純真さはそのときはじめて人間に戻る。
 
 孤独だの、信頼だの、約束だの。もうどうでもいいことだ。人間に求めることも、自分に耐えることも、いまの俺には意味がない。ただ生きる。生きることだけが許されている。何かのために生きる? そんなことは考えない。そもそも人生に意味を求めること自体が誤りなのだ。人間に命題などない。ただ生きる。ただ生かされている。だから目に見えるものだけを信じていけばいい。明日、ミウと会い、俺の中の感情が動かなければ、たぶん俺は何事にも悩まずに生きていけるだろう。人生は平坦な道だ。昇りつめたり転がり落ちる坂道もない。人を好きになる。とても甘美なことだ。だが心を遣いすぎた。意味を求めすぎた。人を好きになることに重々しい命題など必要だろうか。いくら考えたところで世界は変わらない。いくら夢を見ても世界は動かない。世界は不動で、嘆き悲しむ者だけが疲弊していく。

 既に死は躰の隅々に瀰漫しているけれども、だがあとほんの少し、生きてみようと思う。ただ生きるのだ。明美も俺の中で生きている。もう時間のことなど考えるのはよそう。こんな夜もいつかは明ける。めくるめく興奮、めくるめく後悔。魂は丹精をこめて貶められ、停滞を余儀なくされて腐臭を放ち、やがてその悲しみで自分の殻を突き破る。鋼のような表面の、けざやかな青の透明の光の玉が、夜明けの藍の空に一つの光明を放つ。
 
 あれは確か金星……。暁暗に金属的な悲しみが鳴り響く。

 わたしたちは人間を愛せるだろうか。救いの神はこの心に宿る。過去は死んで、未知だけがそこにある。この活動は休むことを知らない。あのめくるめく愛のやりとりが嘘であったなど、誰も否定できやしないのだから。
 だから明美、俺は、お前を愛していなかったのだ。愛していなかったから、お前を愛せたのだ。許してくれ。浮薄な人間だなどと思わないでくれ。あれは俺の真率の優しさだった。あれが俺にできるぎりぎりの表現だった。だからもう俺は、誰も愛したくないんだ。

#創作大賞2026  #恋愛小説部門


いいなと思ったら応援しよう!