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第10話 時代の変化

ミシュラン店との直接取引が始まったことで、
僕の炭焼きの環境は大きく変わっていった。

閉鎖的だった世界から一歩外に出て、
使い手の声を直接聞き、
そのフィードバックを技術向上に活かす。

かつては禁止されていたこと、
「やってはいけない」と言われていたことが、
少しずつ、変わっていった。


■ 温故知新か、ディスラプトか

この変化をどう表現するかは難しい。

良く言えば温故知新
悪く言えばディスラプト(破壊的変革)

ただ、僕には長年お世話になっている問屋さんがいる。
その関係を壊すつもりは一切なかった。
だから、あくまで迷惑のかからない範囲で、
静かに、慎重に、新しいやり方を試していった。

幸いだったのは、
師匠がとても柔軟な人だったことだ。
本人は放任主義だからと茶化しているが、経験も知識も長けていて、困ったときにだけは手を差し伸べてくれる。
昔はこうだからこうしろとかは言わない人だった。


■ 昔の炭、今の炭

正直に言うと、
昔の炭の方が良かったと思うことはある。

理由は単純。

昔は、
・燃料が炭だったので日常的に木を切って手入れされていた
・若くて細い木が自然に供給されていた

その木で作る炭は、
火の入りも、揃いも、別格だったという。

今は違う。
山に入る人は減り炭を作る人も減った。
残っているのは、長年放置された古くて太い大木

それを割り、細くして炭にする。
若木と老木どちらが勢いがあるかだけの話である。

材料が違えば、炭も変わる。


■ だからこそ、技術が磨かれた

ただ一方で、こうも言われる。

「技術は、今の方が上かもしれない」

材料の差を埋めるために、
炭焼きはより繊細になり、
感覚は研ぎ澄まされ、
工程は進化してきた。

昔と同じ炭は作れない。
だからこそ、
今ある条件で最高の炭を作る技術が育った。


■ 備長炭という、日本の異常値

備長炭という存在は、
世界を見渡しても例がない。

その起源は、
弘法大師・空海が中国から持ち帰った炭焼きの技術。
それをもとに、
紀州の備中屋長左衛門が完成させた。

そして約400年。
備長炭は、ずっと「最高峰」の座に居続けている。

時代が変わっても、
材料が変わっても、
環境が変わっても。

トップであり続ける技術。

それを守ることと、
進化させること。

その両方を背負って、
今日も窯に火を入れている。

11話 新たな方向性

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