巨大な生命体
炭鉄港(炭鉱と鉄鋼、それらを運ぶ鉄道、そして港湾から世界へ、という近代産業革命の物語)を掘り下げてゆくにつれ、鉄道網というインフラ整備が当時どれだけ画期的なものであったか?を改めて思う。
私は「鉄ちゃん」ではないが、祖父が鳥取の米子駅とか伯耆大山駅だとかの駅長さんだったというDNAだろうか、列車の旅が大好き。
だから汽車ポッポも大好き。
先日、北海道安平町(追分)の「道の駅」に行って驚いた。
道の駅構内に、ドーンとD51、そう、「デゴイチ」が置いてある。
間近に見る蒸気機関車の巨大さ、そして漆黒の鉄の塊というオブジェ感に圧倒される。工業製品でありながら、随所に見える「人の手で組み立てられた」不思議な温かみがあり、なにか巨大な動物のようにも感じられる。
かつて歌志内市が炭鉱町として栄えていたころ、採掘された石炭もやはり蒸気機関車で運ばれたことだろう。煤煙で線路沿いの雪は真っ黒だった、と古老から聞いたことがある。「焼山」という地名は、かつて汽車の煙突から出た火の粉が木に燃え移り、山火事になったので「焼山」と呼ばれるようになった、ということも。
歌志内線から砂川駅、岩見沢駅を経由し、小樽へ、または室蘭へ・・。
「炭」は「鉄」で運ばれ「港「」へとたどり着く。
追分から室蘭までの緩い下り道、たった一台のD51が、なんと2700トンもの石炭を運んだという。
石炭を満載した貨車は600メートルに及んだそうだ。ずーっと眺めていても延々と終わりなく貨車が続く様子をまだ覚えている人もたくさんいることだろう。
室蘭港から船に乗って本州へも運ばれた歌志内の石炭の遥かな旅路。
近代化の象徴のような蒸気機関車、でも今となっては、これはかつての「手仕事」の手触りが残ったなつかしいオブジェになりつつある。
考えてみると、SLって電気がなくても走るんだよね。電気なしで2700トンの物流が可能なのだよね。
私たちは何か大きなものを失ったのかもしれない。そんなことをふと思う。
歌志内市地域おこし協力隊・石井葉子
