感情は敵ではなくカーナビだった話🚗💨
最近、蒸し暑い夜が続いてるな、
ムシムシするな。
空気が湿気を含んでいて体にまとわりつくな。
そんなことを思いながら、
夜道を歩いていました。
見上げると月が浮かんでいて、
道路には行き交う車のライトが流れていきます。
ぼんやりとその景色を眺めていた時、
ふと、あることに気づきました。
もしかしたら感情って、
悪者じゃないのかもしれない。
🌔感情を悪者にしていた
私は長い間、感情を厄介なもの
だと思っていました。
悲しくなる自分。
イライラしてしまう自分。
不安になる自分。
そんな感情が出てくるたびに、
「こんなことで落ち込んではいけない」
「気にしすぎだ」
「もっと頑張らなきゃ」
そうやって押し込めようとしていました。
感情が出てくること自体が問題なのだ
と思っていたのです。
🌔車を見ながら気づいたこと
でもその夜、車の流れを見ながら思いました。
感情はカーナビみたいなものなのかもしれない、
と。
カーナビは、
「この先を右です」
と進む方向を教えてくれます。
もちろん、その通りに進むかどうか
を決めるのは運転手です。
無視してそのまま直進することもできます。
感情も同じなのかもしれません。
悲しさは、
「本当は傷ついているよ」
という案内。
イライラは、
「少し無理をしすぎているよ」
という案内。
不安は、
「立ち止まって確認してみよう」
という案内。
感情はただ、
今の自分に必要な方向を教えてくれている
だけなのかもしれません。
🌔私は感情の案内を無視していた
本当はここで休んだ方がいい。
少し立ち止まった方がいい。
無理を続けない方がいい。
感情はそう教えてくれていたのに、
私はその声を聞かずに走り続けていました。
休むことより頑張ること。
立ち止まることより進み続けること。
悲しむことより耐えること。
それが正しいと思っていたからです。
でも振り返ってみると、
感情はずっと私を困らせていたのではなく、
別の道があることを教えてくれていただけ
なのかもしれません。
そして私は、
その案内を無視したまま
走り続けていただけだったのです。
🌔感情に気づくと体の声も聞こえてくる
感情に気づけるようになると、
不思議なことがありました。
心だけではなく、
体の声にも気づきやすくなるのです。
「あれ、私疲れていたんだ」
「あれ、最近ちゃんと休めていなかったな」
「あれ、本当は無理していたんだな」
そんなことが少しずつ分かるようになります。
今まで私は、
体の疲れも、
心の疲れも、
気合いで乗り越えようとしていました。
でも気づかないふりをしていても、
心も体もちゃんと
サインを出し続けていたのです。
🌔問題だったのは感情ではなかった
今になって思います。
問題だったのは、
自然に湧き出てくる感情そのものではなく、
感情を無視し続けていたこと
だったのかもしれません。
感情は私たちを困らせるために
存在しているのではなく、
大切なことに気づかせてくれるために存在
していると思うようになりました。
だからこれからは、
悲しさが来たら追い払うのではなく、
イライラが出てきたら自分を責めるのではなく、
「私に何を伝えようとしているの?」
と耳を傾けてみたいです。
月を見上げながら気づいたのです。
感情は敵ではなく、
私を守ろうとしてくれていた、
カーナビだったのかもしれないと。

