評価が怖いのではなく、支配されるのが怖かった
職場で不思議に思ったことがあります。
上司や先輩に何か指摘されると緊張するのに、
後から入ってきた人には
普通に接することができます。
質問されれば答えられるし、
仕事を教えることもできます。
でも、自分が評価される側になると
途端に身構えてしまいます。
以前は単純に「自信がないからだ」
と思っていました。
けれど最近、それだけでは説明できないこと
に気づきました。
なぜなら私は、
誰に対しても怖いわけではないからです。
🌗後輩には普通に話せる
ある日、新しく入った人から質問をされました。
仕事について分からないことがあったようで、
私に声をかけてきました。
その時の私は、特に緊張もしていませんでした。
「最初は分からないよね」
と思いながら説明していました。
質問されても怖くないのです。
むしろ、その人が安心して仕事ができればいいな
と思っていました。
ところがその数時間後。
今度は先輩から仕事について確認を受けました。
内容としては大したことではありません。
ただの確認です。
それなのに身体が緊張しました。
肩に力が入り、
無意識に歯を噛みしめ、
頭の中に
「何かやらかしただろうか」
という考えが浮かびました。
同じ職場。
同じ私。
数時間しか違わないのに
相手が変わっただけで
反応がまるで違ってきます。
その時に初めて、
私は人そのものが怖いわけではない
のかもしれないと思いました。
🌗怖いのは指摘そのものではなかった
さらに気づいたことがあります。
私はずっと、
「評価されるのが怖い」
と思っていました。
でも正確には少し違いました。
例えば仕事でミスをした時。
ある人は落ち着いて、
「ここだけ修正お願いします」
と伝えてくれます。
そういう時の私は普通です。
「あ、分かりました」
と言って修正できます。
必要以上に落ち込むこともありません。
ところが別の人だと違います。
強い口調で言われたり、
詰めるような話し方をされたりすると、
頭が真っ白になります。
その場をやり過ごせても、
帰宅してから何度も思い出します。
「あの返事でよかったかな」
「変に思われただろうか」
相手はもう忘れているかもしれないのに、
私はずっと引きずっています。
そこで気づきました。
私はミスを怖がっているのでは
ありませんでした。
間違えた後に安全でいられないこと
を怖がっていたのです。
🌗指摘されると固まる本当の理由
最近もう一つ気づいたことがあります。
私はずっと、
評価されることが怖いのだ
と思っていました。
でも自分の反応をよく観察してみると、
少し違いました。
指摘された瞬間、
身体が固まります。
肩に力が入り、
無意識に歯を噛みしめ、
頭の中が真っ白になり、
そして無意識に相手の様子をうかがいます。
なぜこんな反応になるのだろう。
そう考えていて思い当たったこと
があります。
それは「間違いを指摘された」
と感じているのではなく、
「支配されるかもしれない」
と感じているのではないか、
ということです。
もちろん実際に相手が支配しようとしている
とは限りません。
でも身体はそう受け取っています。
相手の言うことに従わなければいけない。
自分の考えより相手の考えが優先される。
反論したり、自分の意見を言ったりすると
危険かもしれない。
そんな感覚が一瞬にして立ちのぼるのです。
だから体が固まります。
それはメンタルが弱いからでも、
打たれ弱いからでもありませんでした。
身体が防衛モードに入っていただけだったのです。
🌗後輩と話している時に起きない理由
逆に後輩や新しく入った人と話している時には、
この反応はほとんど起きません。
なぜなら、
支配される心配がないからです。
自分の意見を言っても大丈夫。
だから自然に話せます。
私は人が怖いわけではありませんでした。
評価そのものが怖いわけでもありませんでした。
本当に怖かったのは、
自分の感覚や考えを押し込めなければ
ならなくなる状況だったのです。
🌗指摘されると何が起きているのか
振り返ると、
私の中ではこんな変換が起きていました。
間違えた。
↓
評価が下がった。
↓
信用されなくなるかもしれない。
↓
嫌われるかもしれない。
↓
居場所がなくなるかもしれない。
本来なら、
「修正してください」
で終わる話です。
でも私の中では、
仕事の修正が、
いつの間にか自分の価値の話
にすり替わっていました。
それに加えて、
また過去のように
誰かからコントロールされるかもしれない
と言う不安も強く感じました。
だから苦しかったのです。
🌗「間違えても大丈夫」を知らなかった
最近気づいたことがあります。
私は間違えることが怖かったのではありません。
本当に怖かったのは、
間違えた後に何が起きるか分からない
ことでした。
間違えたら責められるかもしれない。
評価が下がるかもしれない。
関係が悪くなるかもしれない。
そんな不安が常にあったのだと思います。
だから指摘を受けるたびに、
ただの修正ではなく、
自分の価値を判定されているような感覚
になっていたのです。
🌗少しずつ上書きしている
最近は小さな練習をしています。
指摘された時に、
「これは人格の話じゃない」
「作業の修正だ」
と考えてみること。
そして必要以上に説明しないこと。
一時期、私は特に物言いのキツい人に対して
「いや、それについては…」
「本当はこうで」
と自分を守ろうとしていました。
でも今は、
「確認しました」
「修正します」
だけで終える練習をしています。
すると不思議なことが起きました。
指摘されても、
何も壊れないのです。
関係も終わらない。
仕事も続く。
当たり前のことなのですが、
私にとっては新しい発見でした。
🌗おわりに
私はずっと、
自信がないから怖いのだと思っていました。
でも今は少し違う見方をしています。
必要だったのは自信ではなく、
「間違えても安全だった」
という経験だったのかもしれません。
評価されることが怖い。
指摘されると必要以上に落ち込む。
そんな自分を責め続けていました。
でもそれは弱さではなく、
これまでの経験の中で身につけた防衛反応
だったのだと思います。
そしてその反応は、
少しずつ上書きしていくことができる✒️
最近はそんなふうに考えています。

