「自分のできる範囲で」が、いちばん難しい
読んでいて、ふと引っかかる言葉がある。
「自分のできる範囲で」
やさしくて、無理をしないための言葉。
でも最近、この言葉の難しさを、
よく考えている。
たぶん私は、この言葉が好きだ。
そして、
今いちばん練習しているのも、
この感覚だと思う。
ただ、少し厄介なのは、
私は“見えてしまう側”の人間だということ。
組織全体の課題。
どこが詰まっているのか。
どうすれば流れがよくなるのか。
全部とは言わないけれど、
ある程度は見えてしまう。
だからこそ、つい手を出したくなる。
「ここ、こうした方がいいのに」
「これ、こうすれば解決するのに」
そんな考えが浮かんでは、
一度、飲み込む。
私は経営者でもなければ、管理職でもない。
その意思決定をする立場にはいない。
だから、あえて手も口も出さない。
そう決めている。
けれど、この「やらない」という選択は、
思っているよりずっと難しい。
なぜなら、
“やろうと思えばできてしまう”から。
そしてもう一つ、やっかいなことがある。
私と少し深く話した人は、
気づいてしまうらしい。
「あ、この人、分かってるのにやってないんだ」
すると、ときどき現れる。
役割に見合わない仕事を、
自然な顔で振ってくる人が。
不思議なことに、そういう人は
いわゆる“上の人”ではなくて、
“少しだけ上の人”だったりする。
たぶん、こういう構造なんだと思う。
全体も少し見えている。
でも、最終的な責任は持たない。
だから、どうするか。
できそうな人に寄せる。
結果として、
「できるけど責任範囲外の人」に、
仕事が流れてくる。
その位置に、私はいる。
最近は、少しだけやり方を変えた。
役割を越えそうな仕事は、
一度、上の判断を通してもらうようにしている。
その上で決まるなら、やる。
そうじゃなければ、やらない。
自分で線を引くのではなく、
線が引かれる場所に、
判断を戻すようにした。
正直に言えば、
手を出してしまった方が、
早いことも多い。
そしてもう一つ、難しいのは、
誰かに頼まれた仕事ではなくて、
自分の中から
出てくるアイデアの方だったりする。
「こうすればいいのに」と思ってしまうこと。
それが見えてしまうからこそ、
やろうと思えば、やれてしまう。
その場はきっと、うまく回る。
でもそれを続けると、
どこかで歪みが残る気がしている。
本来やるべき人の役割が、曖昧になること。
責任の所在が、ぼやけていくこと。
だから私は、立ち返る。
これは、本当に私の役割だろうか。
「自分のできる範囲で」
この言葉は、
できることをやる、というよりも、
どこまでやらないかを決めることに
近いのかもしれない。
広げようと思えば、
いくらでも広がってしまうからこそ、
あえて線を引く。
その線引きは、
能力ではなくて、意思の問題だ。
とはいえ、何もしないわけではない。
私にも、確実に手を入れられる範囲がある。
半径、数メートルくらい。
この小さな範囲だけは、
自分の責任で、ちゃんと整える。
大きな流れは変えられなくても、
ここだけは確実に良くできる場所。
たぶん、今の私にできるのは、
これなんだと思う。
「自分のできる範囲で」
やさしい言葉に見えて、
実は、かなり強い意志がいる。
だから今日も、少しだけ意識している。
どこまでやるか、
ではなくて、
どこまでやらないかを。
▶︎部下も上司を見ている
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仕事に子育て、アニメ。ごちゃまぜな日々の中でいつも何かを考え中です。日常のつぶやきですが、どこかで「わかる!」と共感してもらえたり、心に響くものがあればとても嬉しいです☺️
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