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ごめんと、すきと、明菜と、僕と、

やらなくちゃいけないことは横に置いて、ホットなうちに、めちゃくちゃ愛をこめて書く。

今日は、明菜(あえての敬称略)の新曲「ごめんと、すきと、」のリリース日。10年ぶりの新曲リリースらしい。正直いうと、「カサブランカ」はWBSで聴いていたので存在は知っていたが、「ごめんと、すきと、」は全くのノーマークだった。迂闊。YouTubeのオススメに出てきて(アルゴリズムありがとう)、聴いたら、もう、歌い出しから泣いてしまった。

明菜の体調を心配して、もし歌いたくても歌えないと思っているのなら、どこかでのんびり自分の時間で生きていてくれればそれだけでうれしいと願っていた時期があった。僕界隈でも明菜ファンは多く、2丁目で友人がカラオケで歌ったり、明菜の話題になるとそう言っていた。

でも、近年、明菜は戻ってきてくれた。

人は必ず歳を重ねていくので、その時々の歌い方になっていく。全員がそう。明菜だって、僕が小さい頃に聴いていた歌声とは、悪い意味ではなく変わっている。

でも、いろんな苦難はあるだろうけど、意志は強くても優しくてちょっと控えめで緊張しいな中森明菜は、当時も今も変わっていない。

それが嬉しかった。


ちょっと話はそれるが(いつもすいません)、当時は気づかなかったが、歌番組で他の歌手が新曲を披露している後ろで、きっと覚えたてなのに一緒に口ずさんでいだり、僕が小学生にして好きだった福永恵規が夜ヒットでソロ初歌唱の時、曲が始まるタイミングで、緊張しているであろう彼女の横にいた明菜がそっと優しくエールのようなものを演出抜きで送っている姿をYouTubeで発見したとき、「すげーな、この人」(←心からの僕の声です)って思った。

話は戻って、「ごめんと、すきと、」は、テクニックを駆使してファンを魅了していた明菜とはどこか違う、肩に力が入っていない(緊張はしてると思うけど)、僕ひとりに歌いかけてくれているような感覚を感じた。

のんびりどこかで、とは思っていたけど、心のどこかでやっぱり待っていて、僕は正直、復帰したけど無理してないかな?と思っていた時期を経て、この曲にたどり着いた。


僕の話になってしまうが、僕は体調を崩してから、なかなか前に進めない。進めないというか、進んでいるけど、自信を持てない。でも、大袈裟に聞こえてしまうかもしれないけど、今日、明菜からは、「光の道筋」のようなものをもらった気がした。苦難は続くけど、その先に穏やかになれる地がきっとあると。

noteを更新する頻度が上がって、自己開示することの内容を書くことが多く、そのたびにいまだに恥ずかしい。書いていると、気取って表現を盛って書いてしまうこともあるが、自分の心に奥にある何かを引っ張り出す感覚を覚えることも多い。日記とは違って世界(大袈裟)に公開されるので、なんだか自分が丸裸になっていくことが、自分で書くことを選んで自分の言葉で書いているはずなのに、やっぱり恥ずかしい。今も。


そんな今、どこか自分を包み込んでくれる「ごめんと、すきと、」をもう一度聴いて、心を落ち着かせて、恥ずかしさはとりあえず吹っ飛ばして笑顔で7月をスタートさせよう。


今日も明日もよき日でありますように。

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