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ライフとワークと自分の感情、をお盆の朝に、の話。

世の中、お盆休みですね。実家でリラックスされてる人、諸々の場所でアクティブに楽しんでいる人、その他それぞれに過ごされていると思います。そんな中、失礼します、僕は変わらずの日々です。今日は、いつもと同じ、日常の木曜日(の朝)です。元々、接客業に人生の半分ほど携わらさせていただいていたので、お正月もゴールデンウィークもお盆休みもクリスマスも大晦日もない毎日でした。毎年そうだった日々に悔いてはいません。こう言うのは恥ずかしいんですが、みなさんが楽しく過ごしている時期に、楽しそうに買い物に来てくれたり、何かプレゼント用に買いたいお客様と一緒にこんなものが喜ばれるかもしれない、と考えている時間も、今振り返ると充実していたな、と思います。


ただ、会社の中で居場所がどんどん狭くなり、この先の未来設計が不安になり、退職を決断して、心が更地になった。忙しかった時には気にならなかったが、SNSを見るタイミングがあると、一年のイベントごとや連休ごとに大量に溢れてくる、大切な人たちとの楽しそうな写真や動画を観ると、心の中にマイナスの何かが入って来るようになってしまいました。楽しんでいる人たちに何の罪もありません(正直、全てではないけど、ね…)。その日のために仕事を頑張っていること、辛いことがあっても乗り越えているからこそ、楽しい時間を過ごせているのだから。


やっぱり自分が長年ひとつの会社にいられたのは、お客様やテナントの従業員さん含め、誰かの幸せのお手伝いをしたり、笑顔で「ありがとう」と言って帰ってくれる人たちを間近で体験することが、自分の幸せだったり、誇りだったのかもしれない。もちろん、今はもうネット通販が当たり前になり、文化がほぼなくなってしまったのかもしれないけど、毎回ライフイベントの前や当日は、目がまわるほど忙しかったし、早くこの忙しさが過ぎればいいのに、と思ってたことも正直あった(充実と体力気力の消耗、半々くらいかな)。


ただ、退職し、今これだけキャリアブレイクの時間をいただいているのに、未だ次はこういう職種に就きたい、というのが、このnoteでも何度か伝えているけれど、はっきり見えてこない。この情けなさと苦しさが一日一回は頭の中をぐるぐるする。悩んでなかった日は、休職してから今日まで大袈裟ではなく年中無休だ。


でも、自己理解や自分と向き合って改めて思ったことがある。僕を通して誰かが喜んでくれたり「ワクワク」してくれることに、働いていた当時思っていた以上に幸せや充実を感じていたからこそ、先ほど書いた内容と重複するけれど、長く続けてこれたんだなと自分の心の中に発見することができた。今後、その「ワクワク」な仕事が何なのか今の時点ではぼんやりしているけど、それは、昨日から始まったジョブコーディネーターさんとの面談を重ねて見つけていきたいと思う。正直、数日前に顔合わせがあって、この人どんな人なんだろう、ガンガン自分にプレッシャーをかけてくるのかな…、といただいた資料に書いてあった文言と、感じるバイアスから思ったのは、大きい声では言えないけど事実だ。その事実が初回の面談で全てが解消されたわけではないし、立場上プレッシャーをかけて来ることがきっとあるはずだ。でも、時折見せてくれた共感の笑顔が僕には嬉しかったし、安心感を与えてくれた。




これからも充実した仕事をしていきたいと思うと同時に、ライフワークバランスという言葉が浸透した今、ライフのことも考えなければとも思っている。それは次のステップが決まった後に考えることかもしれないけど。


好きが原点で就いた仕事。ライフとワークの境目を作ってこなかったと思っているこの20年あまりにも後悔はない。いや、あるか。そこは後悔はないと美しく断定はしない。僕は、インスタのストーリーで流れて来るような人たちのように、きらめきのある投稿をするのも稀だ。一番の親友だと思っている大切な友人とも1年半以上会えていない。同じ平日休みで、金土の賑わいと対照的な、日曜の夜から朝まで2丁目の行きつけのゲイバーでひたすら一緒に楽しく歌っていた友人とも久しく会えていない。それは、自分の今の状況もあるのかもしれないけど、自分から誰かを誘うということが昔からあまりできない。何か、自分が楽しそうだから足を運んでみようかな、と思うことも1人で行動することも多い。そこで、仲間で楽しそうにしている人たちや、カップルでその時々を自分たちの距離感で過ごしている人たちの中で、ポツンといると、そんなの気にしないで自分が楽しく過ごせはいいと思って足を運んだはずなのに、孤独という空虚感のような気持ちに急に襲われて、寂しさに自己嫌悪の嫉妬感を抱えて家路につくことも多かった。


でも、それは自分の力で解決できるはずだ。自分から誘う勇気を持てばいいし、互いを思い合えるパートナーに巡り会えればいいのだから(簡単じゃないし、一方通行が多かった、いや、踏み出す勇気もなかった、だから心を通わせられるパートナーがいたことがほぼなかった←この話もいつか話したいな)。ここまで書いて、何の話をしているんだかわからなくなってきてしまったが、


ワークとライフ、ライフの方ももっと自分の理想通りとは言わないけど、この歳だが、この先なりたい。もちろん、1人の時間も好きだし、今いる友人や繋がりのある一人ひとりが大切だし、感謝している。欲張りだと言われそうだけど、ライフ(生きている瞬間瞬間)に対して何かモヤモヤしてしまったら、少しの勇気を出して、グレーがかっている、限りある瞬間瞬間に彩りを加えていきたいと思っている。



さて、朝、起き抜けで今の自分の気持ちを書くと迷走してしまうので、このあたりでキーボードから手を離そうと思う。


と言いながら最後に…。距離は遠くないけど7年ほど実家に帰省していなくて、ほんと、ごめんなさい。親孝行もできていなくて。でも、大切に思っている。母親には、LINEで送ってくれる趣味や友人たちとの時間をこれからも長く健康で続けていってほしい。そんな母親の近くに住んでくれている、お互い歳を重ねても優しくも頼もしい姉、そして姉一家にも感謝です。そして、改めて、AIに聞いてみた。

お盆とは、亡くなったご先祖様や故人の霊が1年に1度現世へ戻ってくるとされる期間に、家族や親族が集まって供養し、感謝を伝える日本の伝統行事です。

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いつも以上に、隣にいてくれる人たちと飼っていた犬(ごめんよ、ヘッダーの写真はフリー素材だけど、街中で散歩してるシュナウザー見ると今でも思い出して、心の中で声かけて愛おしくなるよ)と一方的だけど、話をしてみようかな。


みなさんのお盆期間が、よき日でありますように。


追伸。 空は曇り空だけど、執筆のBGMで久々にゆっくり聴いた槇原敬之の楽曲たちが心を穏やかにしてくれる。

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