⭐︎【自分ファースト】の戸惑い 1181
先日、姜尚中さんが新聞紙面で50代女性読者のお悩みに答えていらした(朝日新聞be「悩みのるつぼ」2025.6.28.土)。
お悩みの内容については「他人に訊くこと⁇」と思ってしまったのだけど、本人以外にとって「どーでもいーよー」な泣き言を垂れ流してる私は五十歩百歩か。
回答の中で何度も繰り返し出てきたのが「自己本位」と「自分ファースト」。
姜尚中さんは、「家族ファースト」で過ごしてこられたであろう相談者様を労いつつ、こう言う。
ひとりの人間として自分の来し方行く末を考える「時」を迎えたのだと思います。「すべての業(わざ)には時がある」所以です。それは、これまでのように「家族ファースト」ではなく、「自分ファースト」で、「自己本位」の立場で生きることを意味しています。
今の私は、「家族ファースト」「自分ファースト」って、どちらかが出っぱってどちらかが引っ込むようなものじゃないと思ってるんだよね。
同列?共存?できるはずだと思うんだよね。
「家族のため」「夫のため」「子どものため」のつもりが、気がつくといつの間にか「そうすることが当たり前の自分」になってしまってる。
おまけに家族からも「そうしてもらうことが当たり前」だと思われてしまってる。
もし家族のことを差し置いて自分のことを優先しようものなら、どえらい罪悪感に苛まれてしまう。
夫は夫のことを優先するのに?
子どもは子どものことを優先するのに?
そのおかしさに、家族どころか自分でさえも気づけない。
私もかつてはそうだったもの。
自分で自分を生きてない感じ。
きっと「家族ファースト」が習い性になっていたのですから、「自分ファースト」と言われても、戸惑うだけでなく、心の中に空っぽなものが出来てしまうような虚脱感に陥ることがあるかもしれません。
でも、それは「自己本位」への転換に伴うひと時の「鈍痛」のようなものだと思ってください。
バーンアウト?空の巣症候群?
「家族ファースト」に偏り過ぎていると、少なからず陥ってしまうのではないかな。
逆に「ひゃっほー、解放されてせいせいするわ‼︎」と痛みを伴わない人は、「家族ファースト」と「自分ファースト」のバランスが取れているのかもしれない。
これまでの自分とは違う、未知の自分に出会う旅に出るのだと思えば、心身とも若返り、これまでの鬱陶しい天蓋が除かれてすがすがしい青空が見えてくるはずです。
生まれ変わったら、こんなことをしたい、あんなところに行ってみたい。一度はそんなことを思い描いたことがあるのではありませんか。それをやってみるのです。
そうなんだろうけど、そんなに華麗に転換できるのはよっぽど恵まれた境遇の人なんじゃないの?
なぁんて、うつ病だったり無職だったり子どもから避けられたりしてる私はめっちゃ悲観的。
変テコな家族だったから、一緒にいても仲良しこよしだったわけじゃないけれど、近々本当にひとりぼっちになる。
否応なく「自己本位」「自分ファースト」で生きていくことになる。
「自分ファースト」を考えるとき、「mustよりwant」とか「頑張り過ぎない」とか「我慢しない」とかが思い浮かぶ。
思い浮かべるだけでなく、そうしたいと思ってる。
思ってはいるんだけど、その前にひとりで生きていかなきゃならないんだよなぁ。
自己責任?自助努力?
そしたらやっぱり「自己ファースト」と言えども、mustも頑張りも我慢も要るんだよねぇ。
いつになったら、「心身とも若返り」「すがすがしい青空が見えてくる」んだろうかなぁ?
別に生まれ変わりたいなんて思わないんだけどなぁ。
と、戸惑いを隠せない「誰ファースト?」な私なのであります。
2025.6.30
#エッセイ #ブログ #コラム #散文 #雑文 #身辺雑記 #うつ病 #無職 #自己本位 #自分ファースト #家族ファースト #自己責任 #自助努力 #朝日新聞 #悩みのるつぼ #姜尚中
いいなと思ったら応援しよう!
サポートしていただき有難うございます💝