耳をすまさなかった
中学生のころだったと思う。
留守番していたら、チャイムが鳴った。ドアを開けると、
上の階のおばさんがカップラーメンを片手に立っていた。
ぷーんと漂うスパイシーな香り。カレーヌードルだ。ドアレンズで顔を確認していたものの、手に持つものまでは見ていなかった。
なにゆえにカレーヌードル。立ちつくすわたしと彼女の間にどれほどの時がたったか、
「あ、あのねちゃんごまちゃん、これ食べちゃってくれない?」
有無を言わせぬ強い語調でおばさんは言い、ずいっと手にしたカップを差し出した。
あ、こぼれちゃう。とっさに手を出したわたしの負けである。受け取ったとみると、おばさんはさらに早口で続けた。
「あのね、これはね、○○が食べようとしてたものなの。箸はつけてないから大丈夫よ。約束を破ったから食べちゃダメって取りあげたの。でも捨てるのはもったいないからお願い、ちゃんごまちゃん食べて」
○○というのは同級生の男の子だ。どうやら母子ゲンカをしたらしい。そしてどうしてそうなるのかさっぱりわからないが、彼が食べようとしていたカレーヌードルをおばさんは奪い、そのまま階下に持ってきたようだ。
いや自分で食べてくれよ。
と思ったのは覚えている。けれどもおばさんがあんまりほっとした顔をするものだから、そのままありがとうさようならという流れになってしまった(←子どものころから押しに弱いことが今バレました)。
もちろんカレーヌードルはぶよぶよにふやけていた。もともと食の細かったわたしは、最後まで食べきれなかったような気がする。
当時住んでいた集合住宅は「社宅」だった。だからみんな父の同僚の家族で、転勤の多い会社だったから出身地もさまざま。子どもも親も、いろんな人がいた。
そのおばさんからは別の日にもうひとつもらったものがあって、こちらは大変うれしかった。『ピーナッツ』…つまりスヌーピーの漫画セットである。この時の言いぶんは、
「英語の勉強になると思って買ったのにぜんっぜん読まないの。豚に真珠だからちゃんごまちゃん読んでちょうだい。本、好きでしょ」
というものだった。本も漫画も大好きだったのでありがたくいただいて、くり返し楽しく読んだ。ちなみに英語はとくに上達しなかった。
ゴールデンウイークに帰省したときに、実家で懐かしくその漫画を手にとった。チャーリー・ブラウンもルーシーもライナスもペパミント・パティもみんな元気でうれしかった。
『ピーナッツ』の子どもたちの世界はちょっと、社宅の子どもたちに似ている。
男の子の母になった今からすると、○○くんの家にはお兄ちゃんもおり、ふたりとも反抗期まっ盛りで大変だったんだろうなと思う。母と息子のバトル。うんうん、あるよねぇ…。
○○くんどうしているかなと思って母に訊くと、なんとヴァイオリン職人になったらしい。試しに検索してみたら、同じ名前のヴァイオリンの店があって、
「もしかして、○○くんだったりして…」
と少々ときめいた。読書好きの女の子とヴァイオリン職人なんてもしかしたらもしかして、あの映画を地でゆくシチュエーションではないか。
しかしもちろんそんな展開にはならなかった。なぜならわたしは、
「オレが食べたかったカップラーメンを食べてしまったあいつ」
だったからである……。
社宅は阪神淡路大震災のあと取り壊されてしまった。けれどもわたしは、そこで過ごした友達とそのママたちのことはけっこう鮮明に覚えているし、これからも『ピーナッツ』をくり返し読むだろう。
……ああ、『ピーナッツ』について語り足りない(いや全然語ってない)のでそれはまた次回に。
