もし突然全員が同じスタートラインに立たされたのなら。
嫉妬している。
私だって同じ様な事考えてたのに。
私だって書けるのに。
私だって環境が違えば…、
私だったら…、
私だって…、
フォロワーが何千人もいるから
スキが付くんじゃないの?
腹の中で湧き上がってくる失礼な言葉。
もし
そんな時、
「じゃあ貴方の文章を私が書いたって事で交換投稿しようよ。何日かしたらネタばらししてみよう。」
なんて言われたら
あなたなら、どうする。
チャンス!と、思うか
私は怖くてたまらなくなった。
だって、これで反応がなかったら
いよいよ逃げ道が無くなるから。
私の文章が
知名度をもってしても
純粋に惹き付ける魅力がないものだと
決定的になってしまうから。
じゃあ「お互い新しいアカウント作って0から投稿してみようよ。」と言われたら、どうする?
これなら!と思うか、
私はやっぱり怖くてたまらない。
だって、これで数日後に差が開いてしまったら
いよいよ言い訳も出来なくなるから。
私は知名度・文章力以前に
書き上げる努力量もない
完璧主義を盾にして逃げ回る臆病者だと、
知れてしまうから。
自分が嫌になる。
誰にも勝負を仕掛けることすらせず、
死角から逃げるが勝ちと言いながら
周りに嫉妬だけしている。
ずるい。と僻んでいる。
嫉妬はするけど
バレたくないから
嫉妬の炎は燃やさない。
自信が欲しい。
認められたい。
文を書くほど、自分の心がひねくれる。
ひねくれて、ひねくれるほど、
クズみたいな自分が奮い立たされて
文を書きたくなる。
文を書くと自分の至らなさ、足りなさ、薄さが
際立って苦しくなる。
なのに文を書くことで自分を表現するのが楽しい。
この両極端な気持ちに振り回されながら私は、
いつか怖らずに文を書けるようになるだろうか。
いつか堂々と嫉妬の炎を焚べられるだろうか。
この説得力のない、未熟な文を読み返した時、
「抽象的で何を伝えたい文かまるで、わからない!
ここは、こう直そう。
ここは、削ろう。
ここは、こう書こう。」
と自信を持って過去の自分を添削できるだろうか。
なってたら、いいな。
今はこれが限界なんだ。
我ながら恥ずかしい。
なんて中途半端な文だ。
未来の自分へ
この恥ずかしい文章を早く直してくれよ。
頼んだぜ。
