見出し画像

【第1回】わたしがどうして1930年代の国家改造運動に惹かれ、研究を始めたのか

こんにちは、ちゃんあやです。
今回のnoteは、なぜわたしが今の研究を行うきっかけになったのかを遡る回です。少し長くなりそうなので、2~3回ほどに分けます。

🌟すべての始まり

「すべての始まり」と書くとなんだか大げさかもしれませんが、それは高校時代に遡ります。

当時私の通っていた高校では、2年生になると文系コースは日本史選択・世界史選択に分かれました。
わたしは苦手な世界史を一からきちんと学ぶか、得意な日本史をどんどん伸ばしていくかで迷い、結局日本史選択を選びました。(これは恥ずかしい情報ですが、高校の世界史Aで学習するアヘン戦争以降の内容以外はほぼわからないため、大学時代、世界史関係の講義はちんぷんかんぷんでした。卒業した今もよくわかっていません)

3年生に進級後、日本史選択は、日本史B、近代日本史とさらに授業が細かく分かれました。
当時…と言いますか、実は小学生時代から近代日本史はあまり得意ではなく、ずっと苦手意識がありました。
しかし、近代日本史の授業で習った「血盟団事件」
教科書的には数行で終わってしまいますが、名前のインパクトが強く、頭の片隅にずっと残っていました。

大学の近現代史ゼミでは、2年生の秋からゼミ発表がありました。
2年秋は、自己紹介も兼ねて、自分の好きな物を近現代史に絡めてまとめてくるというテーマで、わたしは靴についてまとめました。
3年春は2回発表があり、1回目は加藤清正の日蓮宗信仰について、2回目は明治時代の仏教の世俗化についての発表を行いました。

この時期はやりたいと思うことがはっきりと決まっておらず、いろいろと模索していました。
わたしは割と何でも興味を持ってしまうため、自分でやろうと思えば何でもできる気がしたから…という考えが今思うとありました。
そう言っても、3年春の発表のテーマの時点でなんとなくわたしが何をやりたいのかはお察しでしょうが…。

3年秋にはそろそろやりたいことを絞ろうと、図書館でネタ探しをしていました。ネタ探しをしているときは、共産主義などをやりたいと思っており、そのあたりのコーナーにいたのを覚えています。
しかし、高校時代に習った「血盟団事件」の事を思い出したわたしは、ビビっと直感的にくるものがあり、共産主義のネタ探しをやめて、すぐさま血盟団事件の資料を探し回りました。

卒業後の現在も続ける研究と、ここで出会いました。これがわたしの全ての始まりです。

なんだか長くなってしまいそうなので、今回はここまで。
次回で、なぜ研究対象が1930年代(具体的には1931~32年ごろ)に絞られたのかをお話ししようと思います。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集