北に向かう女は心配だが南に行くなら心配ない
いつものBAR仲間の一人に、やたらと「いい女ムーブ」をかます変な女がいる。
美人という訳でもない。けれど、高級ブランドに身を置き、都会の夜が妙に似合う。そのくせ初対面から五社英雄の映画を語り出すような、どこか歪んだセンスを持っている。たまに出くわすのが楽しみになる、そんな種類の女や。
彼女は数年前、玄人受けするハイセンスなアパレルにいたが、今や誰もが知るスーパーメジャーのハイブランドへ移った。値段は高いが、いわゆる“高級”とは少し違う世界らしい。
客層が広がると、金はあってもセンスが伴わない連中が増える。高いものを持つことだけで自分の価値を測る人種や。
そんな話はどこにでもある。俺も車の世界で何度も見てきた景色やから、妙に納得できる。
この前会った時は、タイ旅行から帰ったばかりで、「人生観が変わった」だの「本当に大切なものが見えた」だの、若い奴が一度は口にする薄っぺらいセリフを並べていた。
つまんねーなと聞き流していたが、どうやら全部、今回のネタ振りだったらしい。
仕事終わりの飯の後、BARに行くと彼女がいた。
「おう!」という挨拶もそこそこに「あたし今の仕事を辞めて、タイで日本人駐在員向けの和食屋の女将になるの」と。
いつものように俺は反論も助言もせず、適当に相槌だけ打ち、ひと通り聞き終えて、俺は思わず口にした。
「お前、やっぱりイカれてんな」
彼女は少し照れたように笑った。
女の決意表明なんて、いつもロクなもんはない。
昔、恋に破れた女が北に向かうと演歌なんかで歌われたモンやけど札幌くらいにしておけばいいものを、そのまま知床半島まで行ってしまった女もいた。
だが、こいつも俺の想像をいつも飛び越えてくる。まあ、親族やなくて良かった。
