転んでもただでは起きない!
失敗はしたくないけれど、失敗しない人生なんてありえない。
とはいえ、失敗を恐れて何もしない人生も、きっと面白くない。だったら、できるだけ失敗をポジティブに捉えられたほうが、まだマシかもしれない。
そう思い、失敗してよかった出来事を思い出してみた。
失敗の瞬間
これまでの講師人生で、一度だけ講座開始時間を誤って遅刻したことがある。
私は、時間に厳しい家庭で育ったため、基本的には講座開始30分前には必ず到着する。
その日は家から遠い場所でのお仕事だったため、通常よりも早く、1時間以上前に現地に着く予定であった。
ところが、「先生、今どこですか?」という、担当者の不安に満ちた電話で、自分がとんでもない勘違いをしていたことに気づいた。その瞬間、のんきに聴いていたハンバートハンバートの曲が小さくなり、手足が冷たくなったのを覚えている。
長年依頼していただいていた仕事だっただけに、「これで終わったな…しゃーない」と思った。
行動を変える言葉
しかし、そのとき、思いがけない自分自身に出会った。
ふと「講師として、私はどうありたいのか」という問いが浮かび、その答えは明快だった。
「生徒さんに今日伝えるべきことを、楽しく、明るい空気の中で届ける自分でありたい」
この問いに基づき、私は会場に入る前に、場の雰囲気を整えるための席決めワークを担当者に依頼することを決めた。
震える手でメールを書きながらも、どんな結果が待っていようとも自分を責めず、冷静に次の一手を考え続けた。
自己否定を辞めると
「なぜ間違えたのだろう」「もっとしっかり確認すべきではなかったか」と自分を責める言葉は、一切湧いてこなかった。
むしろ、この流れがごく自然であるかのような気持ちで会場に入ることを自分に言い聞かせた。
覚悟を決め、会場に足を踏み入れると、和やかな空気が漂い、私の「おはようございます」に笑顔で応えてくれる受講生たちがいた。
その日行われた8時間の授業は、温かい雰囲気の中で進み、私が伝えたかった内容を十分に届けることができ、心からホッとした記憶として残っている。
失敗はしたくはないが…
この経験から、私は「どうありたいか」を知ることの大切さを痛感。
人生にはハプニングやトラブルはつきものだが、その都度自分を責め続けても何も変わらない。
むしろ、「自分はどうありたいのか」という問いが、自分を落ち着かせ、進むべき道を示すコンパスとなると確信した。
失敗はしたくない。しかし、失敗から得るものは大きい。
転んだ時に拾うものは案外大きい。
