頭がバターになるエッセイ
1 序
ヨッシーのクッキーというゲームがある。
同じ絵柄のクッキーを縦か横にそろえて消す、アクションパズルゲームである。単純な操作ながら連鎖を狙う奥深さもあり、私が幼稚園くらいのとき、よくプレイしたものだった。
・・・とここまで読ませておいて何だが、ゲームの中身は全くどうでもいい。真に問題なのは、この、ありえないほどのゴロの良さだ。
ヨッシーのクッキー。
一度でも口に出そうものなら、それ以降繰り返し声に出したくなってしまうこの中毒性。ヨッシーという必須ワードを入れながらこれである。センスがずば抜けている。
ヨッシーのクッキー。
正直ゲーム自体はあまり覚えていないけれども。このキラーフレーズだけは、ずっと脳にこびりついて離れない。日常生活のふとした瞬間に、意味もなく呟きたくなる。
ヨッシーのクッキー!
2 破
頭がバターになるエッセイが書きたい。
それってどんなの?と思われるかもしれない。
だが残念ながら、私にもその意味は分からない。
いや、弁解させてほしい。私だって最初は、軽やかに楽しめるエッセイを書くつもりだった。
しかし気がついたときには、私の頭の中はヨッシーのクッキーでいっぱいになっていた。挙句の果てには、エッセイのクッキイなどと考えはじめる始末だ。流石にそれは意味が分からなすぎたので、最終的には、頭がバターになるエッセイに落ち着いた。
既に私の頭がとろけているので、これを読んでいるあなたの頭もそろそろバターになりつつあることだろう。人を騙すにはまず自分から、である。異世界に連れて行くためには、まず自分が旅立たなければならないのだ。
3 急
ふと我に返ってみると、頭がバターになる機会はそこら中に転がっている。
ゴロのいい言葉を意味なく口にする。
横断歩道の白いところだけを渡る。
やたらと音を殺して歩く。
どうでもいい妄想を膨らませる。
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日常生活には、こうした無意味の世界への入口が、実はたくさん潜んでいたのだと気づく。なんだ、わざわざエッセイを書かなくたって、当たり前のようにそこらにあったことだったんだ。
書く目的が消滅したので、ここらで終わりにする。最後に思い出として、精一杯叫んでおこう。
ヨッシーのクッキー!

頭もとろけますよ、これは。
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