日々俳句鑑賞368 「蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな」 芥川龍之介
蝶が花に口吻を差し込み、蜜を吸う。その小さな舌に、作者の目は吸い寄せられる。くるりと巻かれ、伸び、再び巻かれる。その姿を、作者は「ゼンマイ」と見た。
この比喩が実に芥川らしい。ただ形が似ているというだけではない。「ゼンマイ」という一語によって、蝶という生命体が、何やら精巧な機械仕掛けのように見えてくるのである。作者の関心は、蝶が蜜を吸うという生命の営みそのものよりも、その精密な構造と動きへ向けられている。生命を感傷的に眺めるのではなく、その不思議な仕組みに驚く、理知的な眼差しがそこにある。
しかし、この句の眼目は、その精密な観察だけでは終わらない。結びの「暑さかな」によって、視線は蝶の舌という極小の世界から、一気に真夏の大気へと開かれる。まるで映画のカメラが、蝶の口吻を捉えたクローズアップから、ゆっくりと世界全体へパンしていくような構図である。
ここでいう「暑さ」は、単なる気温の高さではない。草いきれの立ちのぼる空気、肌にまとわりつく湿気、息苦しいほどの熱気。身体全体で感じる日本の夏そのものの感覚である。その濃密な生命の気配のなかで、蝶という小さな生命だけが、ふと精巧な機械仕掛けのような姿を見せる。
生命を見つめる冷たい知性と、全身を包み込む夏の熱。その鮮やかな対照が、この一句に芥川龍之介ならではの緊張感を生み出しているのである。
『合本俳句歳時記第五版』(角川書店)より
