日々俳句鑑賞399 「紙魚ならば棲みてもみたき一書あり」 能村登四郎

「紙魚(しみ)」は、古い本や和紙を食べる小さな虫で、夏の季語。本好きには困り者だが、夏の静かな書斎で古い本を開いたとき、するりと頁の陰を走るその姿には、どこか風雅な趣も感じられる。

作者は、紙魚という小さな虫をきっかけに、かつて親しんだ一冊の本へと思いを巡らせる。「もし自分が紙魚なら、あの本に棲んでみたい」という空想の飛躍が実に面白い。紙魚を嫌うどころか、本の中に暮らす存在として憧れの眼差しを向けるところに、読書への深い愛情が感じられる。真夏の夜の夢ならぬ、真夏の白日夢である。

本に夢中になると、私たちは現実を離れ、しばしその本の世界に身を置く。そこに広がる思想や言葉、知識や想像の世界に触れながら、本の中で時を過ごす。読書とは、文字を追うことではなく、一冊の本を住処として、その世界に「棲む」ことなのかもしれない。

さらに、この句が美しいのは、「一書」が何であるかを明かさない点にある。もし書名が示されていたなら、この句は作者一人の思い出で終わってしまう。しかし、「一書あり」としたことで、読む人はそれぞれの人生の一冊を思い浮かべることができる。

もし自分が紙魚だったなら、あの一冊を住処にしてみたい。そんなひとときの夢想を通して、作者は読書の歓びと、一冊の本への深い愛着を軽やかなユーモアとともに描き出したのである。

季語解説参照・例句引用:『角川俳句歳時記 第五版』

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