古着を交換する場を提供するCLOSETtoCLOSET
今回は「古着」についてです。
古着を使う事は、サーキュラーエコノミーな選択です。
いわゆるリユースの1つです。
古着は1つのモノを軸に複数人を渡り歩いていきます。
複数人を渡り歩くには、媒介となる場が必要となります。
それが古着ショップのような回収し、販売する場所です。
この「人」と「古着ショップ」を行ったり来たりする構造が循環している構造です。服を繊維状態に戻して改めて製造する事もなく、販売するだけで金銭の授受が発生するのですから、地下資源を全く使わないし、製造工程での作業も要らない(=CO2発生も防げる)ので、経済的にも環境的にとてもお得です。
服がもたらす価値、古着がもたらす価値
服がもたらす価値として、まず機能的な価値は「寒さを防いだり」「紫外線を防いだり」さらに言えば、そもそも裸の状態を隠すという機能もあります。
そしてそれとは別に「ファッション」という自分を表現する事ができるという価値をもたらします。
では、古着のもたらす価値とは何なのか。
服が持つ機能的価値は変わりません。新品でも中古でももたらす機能的価値は同じです。
変わってくるのは「ファッション」という自己表現をする事が出来る価値です。さらに言えば自己表現の選択肢を増やすというのが本質的な提供価値かなと思います。
かつて新品でファッションという自己表現の選択肢を増やす為に、とにかく安いコストで、早く市場に投入した・・・というのがいわゆるファストファッションがやってきた事です。新品という前提条件で自己表現の選択肢を増やそうとするとそれしかなくなります。なので、大量に生産する事になり、大量に廃棄する事になります。
では、古着だと何が起こるのか。古着は、過去に生み出された服の全てが現在の選択肢になります。数ヶ月前に生まれた服もあれば、10年前に生まれた服もある。新品のように今この瞬間だけを切り取った選択肢ではなく、10年以上のスパンでの選択肢となる為、自己表現の選択肢は比ではありません。
さらに「経年」により、全く同じ商品でも1年前に生まれたもの、2年前に生まれたもの、そしてそれぞれの使われ方によって、同じようで同じで無くなります。このように同じ商品でさえ、個体単位で選択肢が広がるわけです。
こう考えると古着の凄みが観えてきます。
CLOSETtoCLOSETというサービス
CLOSETtoCLOSETという略してクロクロと呼ばれるサービスがあります。
特徴は利用料として3000円を払うだけで、自分の持ってきた3着の服と、クロクロに置いてある3着の服を交換できるというサービスです。
サービスサイトはこちら
そしてそのクロクロの生みの親である三和 沙友里さんのインタビュー記事がこちらです。
ちなみにCLOSETtoCLOSETは、通称「クロクロ」と呼ばれています。
古着の引き合わせるプラットフォーム
クロクロは、単なる古着屋さんではなく、服と人をつなげるプラットフォーム的存在です。
いわゆる中古屋さんのように「下取りして、再販する」のように中古屋さんが価値を見極めて、その価値を感じる人に売る・・・というモデルではありません。
クロクロは、不要となった服を受け取り、それを次の人に引き渡す・・・そんな場と仕組みを提供しています。
値札の無いお店
クロクロに来た人は自分の不要となった服を3着提供し、自分が欲しいと思った服を3着持って帰る事が出来ます。
それをするための参加料として3,000円を支払うだけなので、それ以上のお金を払う事がありません。なので、クロクロに並んでいる服には「値札」がありません。
「値札(値段)」というのは誰かが決めた価値について合意ができれば取引する・・・というもの。
一方、クロクロには「値札」がないので、価値を決めるのは「古着を持って帰る人」です。
この体験がクロクロの最大の凄みであり、最高の体験だと私は思っています。
何かを手に入れる為の意思決定が値段でないという新しい感覚
お店で何か物を手に入れる時、我々は基本的に「値段」によって最終意思決定されます(注:誰かに買ってもらう場合、大金持ちの場合は除く)
どんなに気に入った服でも最終的には値段を見て、適切な価格かどうか、買えるかどうかを判断して手に入れる事を決めます。
その最終意思決定が価格でないのがクロクロです。
判断基準は自分が欲しいかどうか。気に入ったかどうか。心に感じるかどうか
つまり自分の素直な価値という判断基準によって手に入れる事が出来ます。
値札がないからこそ出来る事
値札がないからできる事の一つとして面白いのが「新しい服にチャレンジする」って事が出来る事です。
例えば、普段絶対に着ないだろうなーって服がクロクロに並んでいたとします。もし仮にこれが値札のついた古着だったら(激安でない限り)買う事はないと思います。
でも、値札なければ「一度実際に着てみて試してみたい!」が実現できます。
これは最終意思決定が値段じゃないからできる事です。
もし仮にチャレンジしたけどイマイチだった場合は、またクロクロに持ってくればいい・・・そんなノリです。
値札がない事は、「お金を気にせずに自由に楽しめる事」にあります。
おわりに
今回のクロクロは、サーキュラーエコノミーとしては超特殊なモデルなので、至る所で活用しよう!とはならないですが、この「自分の価値観でモノと向き合う」という意味では、サーキュラーエコノミーとしてはとても大事なサービスだなと思います。
モノが循環するためには、モノとちゃんと向き合う必要があります。
そのモノ向き合い方を体感させてくれるのが、クロクロというサービスなんだよなーっていつも思っています。
ご興味のある方は一度行ってみてください。
CLOSETtoCLOSET
