秩父/土地の味と感じる景色
秩父の昼は、香ばしい匂いから始まる。
駅から歩いて数分、地元の食堂の軒先に漂うのは、揚げ油と甘辛いタレが混じった、あの食欲をくすぐる香り。名物のわらじカツ丼を頼むと、丼の上には、草鞋のように大きなカツが二枚。衣は軽く、箸を入れると、じゅっと音を立てて肉汁がのぞく。

タレの照りが光を受けて艶めき、湯気の向こうでご飯がふっくらと待っている。口に入れれば、衣がさくりと崩れ、肉のうま味が甘辛いタレと混ざって舌の上でほどける。派手な料理ではないけれど、一口ごとに「これぞ秩父の昼」と思わせる確かさがある。
窓の外では、山の稜線がゆるやかに続き、遠くの国道をトラックがゆっくり通り過ぎていく。ただそれだけの風景が、この味をさらにうまくしている気がした。
また違う日には、少し足を伸ばして山の方へ車を走らせる。市内から10分ほど山道を進むと、大きな蔵とともに原の蕎麦屋が見えてくる。

古い木の格子戸を開けると、だしの香りがふわりと鼻をくすぐった。店内は静かで、外からの光が畳をやわらかく照らしている。席に着き、天ざるそばを頼む。
水で締められた蕎麦は細く、指先で持つと少し冷たい。つゆにくぐらせてすすると、ほのかな甘みと、山の水の清らかさが舌に広がる。噛むほどに香りが立ち、遠くで虫の声が重なるように響く。
天ぷらの衣がかすかに鳴る音。湯気の向こうで笑い声がひとつ。何も特別なことは起きていないのに、この空間には満ち足りた気配がある。
それは、料理の技や盛り付けの美しさよりも、「日々を丁寧に過ごす」という感覚そのものが形になったようだった。蕎麦の香りと木の温もり、店の外に広がる田んぼの色。それらが静かに混ざり合って、午後の時間を包んでいた。
食後の湯呑みに口をつける。ぬるめのお茶が喉を通り、湯気がゆらりと立ちのぼる。その向こうで、六月の風が、山の匂いをゆっくり運んでくる。

秩父の食には、どこか“風景の味”がある。わらじカツの力強さも、原の蕎麦の静けさも、この土地の空気と人の手がつくる味だ。そのどちらも、秩父という場所を静かに記憶に残してくれる。
六月の秩父は、少しだけ時間の流れがやわらかい。
新緑が深まり、雨の匂いが土に混ざりはじめる頃。
どこかへ急いで向かうというより、
ただゆっくり過ごすために来たくなる季節だと思う。
少し疲れた時、環境を変えたい時、
あるいは誰かと静かな時間を過ごしたくなった時。
泊まりに来る理由は、きっとそれぞれでいい。
六月は、宿泊イベントも少しずつ予定している。
人が集まり、過ごし、またそれぞれの日常へ戻っていく。
そんな時間を、この場所でゆっくり重ねていけたらと思う。
秩父の風景は、派手ではない。
けれど、気づけばまた思い出してしまう。
あの香りや、あの空気ごと、
またここへ戻ってきたくなるように。
この場所でできること
・静かに過ごすための滞在→ccb(hotel)
・女性のためのリトリート→ccb(home)
・ライブ / 撮影 / 演奏イベント→ccb(studio)

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今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
齋藤浅葱
