三峯神社の神秘的な魅力“やまうえの神様”
秩父の山を登るたび、心の奥にある音が少しずつ静まっていくのを感じる。木々の間をぬける風の匂い、谷を渡る川のせせらぎ。
それらがひとつの調べになって、
言葉よりもやさしく、自分を包んでくれる。
道は細く、くねりながら山を登っていく。
やがて霧が出て、視界がぼんやり白く染まる。
その中を進むと、突然、鳥居が姿を現した。
まるで山そのものが、「ようこそ」とつぶやいたように感じた。
三峯神社の境内は、朝の光がゆっくりと差し込み、杉の葉の先に小さな露が光っている。冷たい空気を吸い込むと、体の奥のざらついたものが、少しずつ澄んでいくようだった。
からん、と鈴を鳴らすと、音が山に吸い込まれていく。その余韻の中で、心がふっと軽くなる。何かを願おうとしたけれど、
やめた。
この空気の中に立っているだけで、もう十分だと思えた。
かつてはいつも、何かを掴まなければと思っていた。
仕事、結果、人の評価。
けれど今は、ただ山の風を感じているだけで、それだけで生きている実感がある。“前へ進む”ことよりも、“ここにいる”ことが心地いい。
境内の片隅で、白い狼の像がこちらを見ている。その目は、どこか優しい。風雪を受け、苔むしながらも立ち続けている姿に、静かな強さを感じる。何も語らないのに、見守るということの深さを教えられる。
木漏れ日の中を歩きながら、ふと立ち止まる。霧がすっと晴れて、遠くの山々が姿を見せた。重なり合う稜線の向こうに、やわらかな青が溶けていく。その景色を見ていると、心の奥に風が通り抜けたように感じた。
秩父という土地には、華やかさも、騒がしさもない。
けれど、この静けさこそが魅力だ。自然と人のあいだに、やさしい距離がある。ここでは、何も飾らずにいられる。
帰り道、山を下る車の窓から、谷の向こうに雲の影が流れていった。
光と影がゆっくり移ろっていく。
その景色を見ているうちに、焦る気持ちが、すっとどこかへ消えた。
三峯神社は、祈る場所であると同時に、
“自分を取り戻す場所”でもある。
何かを願わなくても、ここに立つだけで心がほどける。秩父という山に抱かれて、また明日を生きていける気がした。
東京で一日を終えて、そのまま電車に乗る。
夜のうちに秩父に入り、ccb(hotel)で静かに過ごす。

何か特別なことをするわけではなく、
ただ少し早く眠って、少し深く呼吸をするだけ。
そして朝、まだ空気の澄んでいる時間に三峯神社へ向かう。
あの静けさの中に、すっと入っていく。
そんな過ごし方も、最近はとてもいいと思っている。
GWもあと少し。
5/5だけ、まだひと部屋空きがあります。
大きな予定を立てていなくても、
こういう時間の使い方もあると思う。
もしタイミングが合わなければ、
GW明けの金曜日にふらっと来るのもいい。
少し疲れが出てくる頃に、
呼吸を整える場所として。
ccb(hotel)は、
特別なことをしに来る場所というより、
自分を静かに戻すための場所です。
ご予約フォームはこちらから
↪︎https://forms.gle/qUyf4TfSgLeDutv1A

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
おかげさまで記事を読んだ方からのご宿泊の予約をGWに頂き、
ccb works.スタッフ一同で感謝をしていました。
一歩一歩ではありますが、この場所に宿泊でもイベントでも
立ち寄った皆様に素敵な時間と場所を提供出来る様に日々精進してまいります。5月はフリーランスの方に向けたイベントも実施していますので気になった方はSNSも是非ご覧ください。
齋藤浅葱
