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「鏡」 ある話から鏡の存在について考えてみた 鏡とは何?

先日、ある映画とある本を読んで共通するアイテムがあった。

それが「鏡」である。

ここからは大いなるフィクションとして読んでください。

私も半信半疑ですけど、この数日調べたら面白い結論に結びつきました。

私の性格上知りたい物はプライベートの時間を割いてまで調べます。
おそらく一般の方々では理解出来ない事が多いとは思いますが、最後まで読んで頂けると幸いです。

「鏡」は持たない方がいい。

これはあるそっち系の本を作者違いで読んだんですけど、共通して「」は持たない方がいいと言う話の内容でした。

たまたまだと思うんですけど、同じようなテーマが書かれていたのは正直びっくりしました。

なぜ?と思う方も多いと思いますが、そっち系の話で心理描写の演出としてよく「」は使われます。

あの有名なホラー映画「リング」でも「」は重要な演出でした。
また童話の中でもヨーロッパでは「不思議の国のアリス」や「白雪姫」でも「」は重要なアイテムだったりします。

先日鑑賞した「マトリックス レザレクションズ」でも設定で「」が別世界の入口でした。

何も興味ない人は「」に関してなんにも思わないでしょう。

ただ私のような変な雑学が数年蓄積されていると「」とはなんぞや?と思ってしまう。

しかも日本の三種の神器の中には「」があり、神社等でも祀われているのも「」だったりします。

そして、必ず言っていいほど「神話」に「」はつきものなんですよね。

最初に言った言葉「鏡は持たない方がいい」の理由は…「」が引き寄せる「」である。

例えば有名な話だと「」にある事を問いかけると「ゲシュタルト崩壊」が起こるとも言われている。

なぜ?起こるのかは未だに謎だし、本当かどうかも定かではない。

信じる信じないかは別として「ゲシュタルト崩壊」が起こるメカニズムには凄く興味が湧く。

ただ私はしない…なぜなら。

幼少期から「鏡」を凝視出来ない。

別に何かが見えるとかではなく、ただ見るのが嫌。

鏡だけでは無い。
自撮りも姿写真も撮れない。

よく心理学的にはコンプレックス的な話が必ず書かれているが、別にそんな事もないが…ただ「嫌悪」。

珍しいタイプなのかもしれないが、相方も実はそういうタイプ。

二人して写真を撮った覚えもないし、とにかく自分達の姿を撮られるのが嫌い。

鏡を見ない理由はまだある。

自分」に興味はない。

そもそも「自分」が嫌いな人。
かと言って「自己肯定感」が低い訳でもない。

よく鏡を見がちな人って「自己肯定感」の低い方や誰かと比べてしまう習性の人も多いという。

夫婦揃って「」が苦手で共通することは「あまり人に興味が無い」。

逆に言えば「」をよく見る人は、スピリチュアル好きな私から言うと〇脳しやすい方が多い印象だ。

あくまでも私個人は〇脳しやすい人は「」をよく見るイメージだ。

私はスピリチュアル好きだが、実は何も信じてない。

私にとって
スピリチュアル=信じやすいではなくただの探究心。

」は自分映すもの。

意外とそうでも無いなと最近思う。

本当にあなたの顔ですか?」って思うこともある。

なぜなら、他の人から見る自分と鏡で見る自分はどこか違うからだ。

心理雑学から言えば「自分を1.5倍に盛りがち」らしい。

だから写真をみると「なんか違うな」と思う人多いはずです。
どちらかと言うと、「写真」が真実を映す「」かもしれない。

最初の話に戻るけど、「なぜ?鏡を持たない方がいい」のか?

それは私達アジア独特の信仰からあまり良い物ではないからだ。


「鏡」は高貴な人しか持てなかった時代がある。

これはある文献で現代の「」に対するの文化は、かなり歴史の後期になると言う。

昔は鏡を所有する事は、高貴な人や術的な事をする人達が持つ特別なアイテム。

神事や祀り事でも使われていたと「古事記」でも記されている。

古事記」その物が大いなるファンタジーなんですけどね。
あの話が本当だとしたら、なぜ私はあまり「古事記」の事を知らなかったんでしょう?

某YouTuber大学さんで観てください‪w。

これが真実だとしたら、「」の存在はかなり特殊な物になります。

そしてなぜ?日本の三種の神器の中に「」があるのか?


「鏡」は日本の特殊な信仰だとしたら。

先程も言ったように世界中で「」をモチーフにした話は多い。

ヨーロッパでは別次元への入口やパラレルワールド等で表現される事が多い。

実は日本でもそういった逸話がある。

先程も少し触れたが「」は術式で使う重要なアイテム。

流行りの「呪術廻戦」の「呪術」でも実は「」は昔から使われている。

また過去の記事読んで貰えたら嬉しいですが、「呪術」は未だにある。

皆さんが普段やっている行動なんかも「呪術」だとしたら?

ここまで来ると壮大な話過ぎて引く人も多いと思いますが、実際にそういった逸話をリアルに私は聞いた事もあるし証拠も見たと言ったら信じますか?

人は見て感じた事しか信じないのですが、近年は「」だけを信じて「真実」として受け入れる方も少なくありません。

経験則」でしか理解出来ない動物(私達)なのに根も葉もない事を信じる人が多くなっている。

最初に言ったように私はスピリチュアルは好きでも信じてない。
だけどそれを側で感じ理解したら信じざるおえないのです。

私はある書物と話を聞いた時、「信仰」とは「〇脳」に近い物であるが、到底今の現代人では理解出来ない。

パズルのピースさえもないのだからパズルは組み立てられない。
知識がパズルのピースだとすると、現代人は色んな物に散らされ知ろうとも思えない体質になっている。

その書物が「」についてこう書かれていた。

「鏡」とは「蛇の目」すなわち、「蛇信仰」。

これにはとんでもない論が飛び出てきたなと思った。

確かに「神社」なんかは「」モチーフな物がたくさん点在している。

何気に見ている風景だけど、神社に飾られている「注連縄」もまた蛇モチーフだろうなと昔から思っていた。
また「」も何気に多いのになんの違和感もないでしょ?

さっき私達が普段やっている行動のひとつが「鏡餅」だったり「鏡開き」。

急に「」が出てきましたね。

鏡餅ってどこか?「」がとぐろを巻く姿に似ていませんか?
これは注連縄も同じ。

また特殊な神社さんなんかは「鳥居」に「」に見立てて注連縄を巻いてますよね。

」の語源の由来は、「」からきていたらどう思います?

私達の祖先は「」を「カガ」と読んでいた。
仏様を「仏陀」読んだりしますよね。

」という漢字「」に似てますね。

」は「蛇の目」と呼ばれ「カガメ」が「カガミ」になったとも言われているそうです。

また「カガミ」の間の「」は「」を表しそれを取ると、
カミ」になるわけです。
これはよく聞く話ですよね。

でもまさか「蛇の目」が「カガミ」の語源になったとすれば、「古事記」の話に神話として「」がよく出てくるのが頷けます。

なぜなら私達の日本は「八百万の神」がいる国ですから。
「へび」が神でもおかしくないですね。

そして「」という漢字も人が祭事に祀る物が表現されています。
ちなみに「中国」でも「蛇ノ目」の話があったり「信仰」もあります。

」というキーワードはまた別の機会に書こうかなと思います。

少しだけ話すと「蛇ノ目模様」は「」のような模様ですよね。
三つ並べると「三つ巴」になり「三角」を表しますね。

そっち系の話が好きな人は気づいたと思いますが…。

「3の倍数言ったら阿呆になる」ってギャグありますけど…めっちゃ深いですから笑。

」という存在は私達には理解出来ないことの方が多い。

ただ単に生まれてからあった物と捉えたら実は怖い物だったりする。

私の中でもまだ着地点はない。

ただ言えることは「」と「」が繋がっていたら…。

そんな「おまじない」(お呪い)もある(一人鬼ごっこ)。

今日はここらへんで。

信じるかはあなたが考えてください。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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シン・マヤ ご縁に感謝。