【映画感想】「めぐり逢い」| 明日という希望があるから
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レオ・マッケリー監督が1939年に製作した「邂逅」を、自らリメイクした作品です。
主演はケーリー・グラントとデボラ・カー。
メロドラマの名作として知られ、1994年にはウォーレン・ベイティ&アネット・ベニング夫妻主演で再リメイク。
さらに1993年のトム・ハンクス&メグ・ライアン主演作「めぐり逢えたら」でも、この作品がモチーフとして使われています。
あらすじ
稀代のプレイボーイとして名を馳せるニッキーは、ついに結婚することになった。
お相手は、自身でも莫大な資産を持つ富豪令嬢ロイス・クラーク。
婚約者が待つニューヨークへ向かうため豪華客船に乗り込んだニッキーは、時の人として他の乗客たちからも注目を集めていた。
しかし、そんな彼の結婚を知った女性ガブリエラから、船にまで電話がかかってくる。
弄ばれたとニッキーを責めるガブリエラに対し、彼は電話が混線しているふりをして、さっさと切ってしまう。
部屋を出たところで、ニッキーは見覚えのあるシガレットケースを手にした女性に声をかける。
それは、ガブリエラからプレゼントされたものだった。
女性は「本当にあなたのものなの?」と疑うが、ニッキーは裏蓋に刻まれたガブリエラからの愛のメッセージを見せる。
シガレットケースを返してもらったニッキーは、その女性を気に入り、自分の船室へ誘う。
しかし、あっさり断られた。
女性の名前はテリー。
彼女にもケンという婚約者がいた。
大きな仕事を任されている彼から、一人で旅行してくるよう勧められ、その帰国の足としてこの船を選んだのだという。
ともに一人旅をしている二人は、一緒に夕食をとることにする。
ところがダイニングへ行くと、有名人であるニッキーは他の乗客たちから好奇の目を向けられてしまう。
翌日、デッキで話をしていると、写真家が勝手に二人のツーショット写真を撮影。
ネガは捨てたものの、それぞれ婚約者がいる二人は、これ以上誤解を招くような行動はしないほうがいいと考え、この先は別々に行動することにする。
……しかし、狭い船内。
行動パターンも似通っている二人は、どうしても顔を合わせてしまう。
プールへ行けば水中で頭をぶつけ、夕食へ行けば背中合わせの席になってしまい、周囲から笑われる始末。
そんな中、船は南フランスの町、ヴィルフランシュ=シュル=メールに寄港する。
そこにはニッキーの祖母ジャヌーが暮らしていた。
ニッキーが立ち寄ると知り、テリーも誘われる。
人目を気にしていたテリーだったが、「ここなら大丈夫」と判断して同行することにした。
高台に建つジャヌーの邸宅には、美しい庭園が広がっていた。
使用人に身の回りの世話をしてもらいながら、庭を手入れし、亡き夫を偲ぶ小さなチャペルを建てて、毎日祈りを捧げながら静かに暮らしているジャヌー。
その場所の美しさに感銘を受けたテリーは、
「ずっとここにいたい」
と口にする。
ジャヌーから、ニッキーには絵の才能があることを聞かされるテリー。
同時に、今の遊び人ぶりのままでは、いつかそのツケを払うことになるのではないかと心配するジャヌーから、ニッキーのそばにずっといてほしいと頼まれ、テリーは戸惑う。
短い滞在だったが、テリーとジャヌーは互いに好印象を抱く。
そして別れを惜しみながら、テリーは再びニッキーとともに船へ戻っていった。
最後の夜。
プールで額を押さえながら見つめ合う二人の盗撮写真が、売店で販売されていることを知ったニッキーとテリーは、とうとう開き直る。
ダンスパーティーでもパートナーを交代せず、終始一緒に過ごす二人。
やがて会場を抜け出した二人は、お互いがかけがえのない存在になっていることを確かめ合う。
それぞれの婚約者。
これからの仕事。
二人が結婚するためには、まだ乗り越えなければならないものがある。
そこでニッキーは、デッキから見えるエンパイア・ステート・ビルを指し、
半年後の7月1日、午後5時。
その最上階で会おう。
とテリーに約束する。
二人は、そこで再会して結婚することを誓うのだった。
感想
ジャヌーの庭園。
そして、その中に建てられた小さなチャペル。
ささやかだけれど美しく、静謐なその場所に神聖さを感じたテリーは、ジャヌーに「ずっとここにいたい」と言います。
でもジャヌーは、
ここは思い出に浸るための場所。
若い人は、まだ思い出を作らなければいけない。
とテリーを諭します。
テリーは、どこか「天国」に憧れている女性なんですよね。
ニッキーとの約束の場所が、エンパイア・ステート・ビルの最上階にある展望台と決まったときも、「高い場所だから天国に近い」と嬉しそうにします。
天国のイメージというと、わりと誰でも似たようなものを思い浮かべるのではないでしょうか。
争いも、悲しみも、憎しみもない。
永遠の平和が約束された世界。
「びっくりするほどユートピア! びっくりするほどユートピア!」
(尻パンパン)
くらい理想的すぎる理想郷……。
(違うし……しかも古いし)
まだ若いテリーですが、心のどこかで疲れているのかもしれません。
天国を求めるときというのは、心の平穏や解放を求めているときでもあるのではないかと思うのです。
ジャヌーの庭園のような静謐な場所。
空に近い、高い場所。
どちらも、まるで時間の流れが止まったような感覚を与えてくれます。
でも、それはあくまで感覚。
現実には、時間は容赦なく流れていきます。
だからこそ、ジャヌーの言葉が心に残ります。
若いうちは、まだ思い出を作るために動き回ればいい。
やりたいことをやり尽くしてから、天国のような場所を目指せばいい。
そして、天国のような場所は、外に探しに行くものではなく、自分の内側から作り出せるものなのではないでしょうか。
天国を求めるより、天国を作る。
生きている人間は、そんな気持ちでいていいのではないかと思います。
ところが、そんな二人を待ち受けていたのが、さらなる試練。
エンパイア・ステート・ビルへ向かう途中、テリーは事故に遭ってしまいます。
約束の時間に現れなかった彼女を、ニッキーは待ち続けます。
しかし、彼はテリーが事故に遭ったことを知りません。
一方、テリーはニッキーに心配をかけたくないという思いから、歩けるようになるまで彼に会わないことを決意します。
神父の紹介で、教会で子供たちの聖歌隊を指導する仕事を始めるテリー。
ところが、クリスマス・コンサートではドクター・ストップがかかり、指揮を執ることができません。
ベッドで横になっている彼女のところへ、子供たちがお見舞いにやってきます。
そして、コンサートで歌う曲を披露してくれるのです。
その歌が、「明日の国(Tomorrowland)」。
明日の国へ行けば嫌なことは忘れられる。
ただ祈って眠れば、そこへ行ける。
つまり、「明日」という日には希望があるという歌です。
おそらくテリー自身が選んだ曲なのでしょう。
彼女の足は、もう二度と歩けるようにならないかもしれない。
それでも彼女は、きっと治ると信じています。
そしてラスト。
すべての誤解が解け、ニッキーと抱き合ったテリーは、涙を流しながら、
「絶対に歩けるようになる」
と宣言します。
そこには、明日という未来がある限り、希望を捨てないという彼女の強い意志が表れていました。
今日がダメでも、明日がある。
明日は明日の風が吹く。
「明日」を使った慣用句には、希望を感じさせるものが多いですよね。
今日、何かうまくいかなかったとしても。
失敗して落ち込んだとしても。
明日には、何かいいことが待っているかもしれない。
そう思いながら日々を過ごしていきたいものです。
美しい恋愛映画であると同時に、そんな前向きな希望まで与えてくれる作品でした。
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