哲学の歴史を、科学の歴史になぞらえて掴む
1905年から14~16年にかけてのアインシュタインの特殊相対性理論と一般相対性理論の発表は、早い段階からとても話題になったようです(当時の寺田寅彦の随筆にも話題ぶりが書かれていました)。ですので、それらの理論がのちの思想・文化に大きな影響を与えたのは、間違いないでしょう。そして、こんにち「構造主義」に分類されている思想家や哲学者たちも、生まれはおおむね1900~1930年ごろですから、アインシュタインをはじめとする科学界から、とても大きな影響を受けただろうことは想像に難くありません。
それを踏まえて、社会思想・哲学の歴史を眺めてみると、じつはそれが科学(とくに物理学)の発展とけっこう似たような道筋をたどっているように見えてきます。→こちらの記事もご参考までに:「「すーりずむ!」 はじめまして」(2018年12月15日)
もちろん、かつては、科学のほうこそ哲学から分化してきたわけですが。上記は20世紀からあとの話として。
それで今日は、無謀にも、構造主義以後の社会思想・哲学界の流れについて、「科学の進展と類似面がありそうだよ!」という観点のみから、ざっくりまとめてみたいと思います。なお、以下の記述は、百科事典や、辞書、市販の解説書だけをもとにしており、それぞれの原典にはあたっていませんので、この点ご不満の方はぜひご自身で原典にあたってみてください。
では、さっそく参ります。
1. モダニズムの時代
「単一性」と「不変性」を重んじた時代。[すなわち、二項対立的な世界観(での西洋中心主義)と、静学的取り扱いが特徴。]
★ソシュール(Ferdinand de Saussure, 1857-1913)
「思考がじつは、使用言語による制約を受けている」と指摘し、思考に対して、意識しない“構造”が影響しうることを明らかにした(ので「構造主義」の始祖と言われている)。[≒ 単語と指示対象との対応関係が、1対1対応ではないことを指摘し、そのような制約のある道具立てを知らず知らずのうちに使って考えているよ、と注意喚起した。]
★ラカン(Jacque Lacan, 1901-81)
精神分析の分野で構造主義を実践し、精神世界に関していちモデルを提示した。[= 彼の研究対象についての抽象化像(モデル)を提案――つまり、社会学で対象をモデル化する初期の?試みか。]
★レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss, 1908-2009)
「社会学×数学」の試みによって、社会の静学的な側面(ある種のルール)を正確にとらえようとした。しかしまだ、2元論的な世界観(西欧社会vs.それ以外の社会)からは抜け切れていなかった。[= 社会の静学的側面について抽象をし、大づかみに(第0近似的に)モデル化して、そこに働く作用のルールを把握した。]
2. ポスト・モダニズムの時代
「多様性」と「歴史性」を重んじるようになった時代。[すなわち、二元論から多元的な世界観への修正と、動学的な取り扱いを志向する点が特徴。]
★アルチュセール(Louis Althusser, 1918-90)
構想主義的マルクス主義の研究を通じて、社会を構造的にとらえ、歴史はそれらの要素の相互作用の結果(因果の連鎖)という理解を試みた?。[= 社会をモデル化し、しかも動学的に把握しようという試み…?――つまり、ある種の社会モデルをつくって、その時間発展を考察しようとしたようだ。]
★フーコー(Michel Foucault, 1926-84)
マイノリティに目を向けることによって、2元論的な世界観を修正しようとした。また、社会システムを、言説からなる多様体(時間あり)で表現する議論をした。[= 社会の静学的モデルをより精密化するため、補正をつけ加えて適用範囲を広げつつ、時間軸も導入した。おそらくは、“言説多様体”を何らかの同値関係で割って、“社会多様体”を得ようとしたのでは…?(未確認)]
★ドゥルーズ(Gilles Deleuze, 1925-95)
思想界が二項対立の階層的世界観にこりかたまっていることを批判し、「リゾーム(根茎)」や「ノマド(遊牧民)」といった概念を通じて、よりフラットで“多元的”な世界観や生き方が可能なことを指摘した(ポスト構造主義)。また、議論に“微分”と称するものを導入して、思想界に微分方程式の概念を取り入れようとした。[= 社会の静学モデルがより精密化できることを指摘し、さらに、動学化を試みたということ。きっと、何らかの運動方程式を立てたかったに違いない(未確認)。]
★ガタリ(Félix Guattari, 1930-92)
ドゥルーズの協力者(ポスト構造主義、医療でも実践)。
★デリダ(Jaques Derrida, 1930-2004)
2元論を否定しようとする言説すら自己矛盾におちいっていると“主張”する「脱構築」なる手法により、2元論的な世界観を徹底批判し、結果的には、中途半端だった構造主義をより徹底したものに改善しようとしたとのこと(ポスト構造主義)。[…しかしまぁ彼が「脱構築」と称するものは、あらゆる否定的言説(否定記号¬を含む任意の命題)を否定するという、かなり不毛な主張のように思えますが…。というのは、「¬P」を主張しようとしたら「Pを使っているじゃないか、だから矛盾している」と批判する、それが脱構築らしく。これが困ってしまう点は、「単に言語として表明されただけの概念や命題」と「それが現実に実現され得るかどうか」という二者――つまり、いわば自由度の(仮想的な)可動範囲と、そのうちで物理的に実現される状態と――を区別していないところですね…。]
★セール(Michel Serres, 1930-)
思想・哲学界の進歩が、科学のそれに類似していることを指摘するなど。[= たぶん、方向性としては、ここでやっていることと一緒なのかも…レベルは比べ物にならないにしても]
おわりに
ということで、あえて科学の歴史になぞらえて言おうとするなら、上の状況というのは、
「世界は、土と水でできている、と思ったけど、あんがい木だってあるし、じつは土にもいろいろな種類があるよね。そんで、土は時間がたつと岩になったり、投げると落ちてきたりするし、木も、すごく揺れたり、燃えたりすることがあるなあ…。」←イマココ
という感じでしょうか ――つまり、対象世界を静的なモデルでとらえ(抽象化/分節化)、それをより精密化し、やがては時間変化までをも考慮した動的モデルの構築に乗り出す…という歩み。上記のたとえはばかにしているというより、人間(人間社会)という研究対象がいまだに難しすぎることが原因だと思います。だいたい、目に見えない何やかやというのは、一般に難しいのです…。しかし、前進していることはどうやら確かそうです。
今回の年表的なまとめですが、現在のぼくの理解にもとづいた、備忘録を兼ねたものでしかありません。ただ1900年以降の思潮の、「大きな(粗い)地図」としては役立つだろうと思っています。興味あるかたは、ぜひご自身で修正しながら「より細かい地図」を作ってみてください。
今日は以上です。かのわさびでした。
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理数系の教養は国力の礎。サイエンスのへヴィな使い手の立場から、素敵な科学の「かほり」ただよう話題をお届けしたいと思っています。