大和ミュージアム館長、戸髙一成先生の哲学
戸髙一成(とだかかずしげ)先生。日本海軍史研究の第一人者で、呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)館長でもある。
これは私なりに読み取った戸髙館長の哲学である。大変僭越ながら解説させていただきたい。これは、戸髙館長のインタビューなどの発言・著書での記述などから比較的確度が高く、私でも言語化可能なお考えをまとめたものである。大和ミュージアムを訪れる前にご一読いただけると筆者は大いに喜び、また、大和ミュージアムの展示物の捉え方が少し変わってくるのではないかと思う。
・「軍事史は産業史でもある」
『戦争の物理学』を紐解くまでもなく、軍事技術の発展の歴史は、近代産業の発展の歴史でもある。鉱山発破用に考案されたダイナマイト、蒸気機関の軍艦への転用、自動車の軍事利用、弾道ミサイルの、人工衛星打ち上げ用ロケットへの転用…軍事と産業・技術は不可分の関係にある。
呉海軍工廠・広海軍工廠を始め、間違いなく1940年前後の段階では、日本
は世界の近代産業分野の最先端の一つに位置していた。呉の歴史は日本の産業史でもあり、日本の軍事史でもある。ある意味では、日本が太平洋戦争に負けたのは、産業分野でもアメリカに勝てなかったからだとも言える。
技術力の増大は軍事力の増大だ。重厚長大産業でなくても、半導体だってそうだ。「現代基準の航空機を100%自国内で内製できるか?」「自動車を100%自国内で内製できるか?」「半導体を自国内で内製できるか?」これらの問題は、単なる国内産業の問題ではなく、国防も含む、安全保障の問題だ。
「食の安全保障」というフレーズがニュースで聞かれるようになって久しい。食料自給率もそうだが、「缶詰」の発明も、軍事史の兵站管理における大きな進歩なのである。缶詰にした食料を持ち運ぶ事で、軍隊の行動距離は飛躍的に伸びた。現地調達(略奪)をしなくても、食料が手に入るようになったからである。荒野未開の地でも缶詰さえあれば、兵士は食事を摂れるようになった。
・「技術自体と、それを運用する人間の責任の分離」
「技術それ自体ではなく、技術を運用する人間に全ての責任がある」
「戦艦大和は技術のすばらしさを伝えると同時に、技術の持つ悲劇的な歴史も教えてくれる」
これは、法規制の分野でも良く議論されていることである。「自動車は人間に衝突すると死傷事故につながる。…では、自動車の規制はするべきか??」「ナイフは使い方を誤ると死傷する可能性がある。…では、ナイフは規制すべきか??」「餅は高齢者が塊のまま喫食すると、気管に詰まって窒息事故につながる。…では、餅の規制はするべきか??」
前項で述べた通り、軍事と産業・技術は不可分の関係にある。自動車やナイフや餅に責任はあるのだろうか??この場合、責任が発生するのは「運用している人間」だ。自動車を運転する人、ナイフを使用する人、餅を調理する人…
軍事技術も同様である。日本は世界最高峰の技術を用いて、戦艦大和を建造した。当時の世界水準を遥かに超えた零戦を設計した。だが、その技術自体に倫理的瑕疵は存在しない。「武器として戦争に使える技術だから悪い技術だ!」、という考えは机上の空論だ。新聞紙でコインを包んでも武器になる。頑丈な靴下に砂を詰め込んでも武器になる。新聞紙や靴下は「悪い技術」だから規制するだろうか?
「抑止力」という言葉が示しているように、武器や技術は「使用しなくても」効果を発揮する。技術を持つことは、それを使わずに済むための「平和の道筋」を整えることに他ならない。技術も産業も「どう使うか?」という部分に責任は集約される。どう使うかを決断するのは、結局人間である。だからこそ、未来の人間が正しい決断を下せるように、解釈や思想を排した「絶対不変の事実と実物」を展示することが、軍事をテーマとした博物館の最大の使命となるのだ。
・「軍事の博物館において最重要視するのは『事実』『実物』の展示である。解釈や思想はそれぞれの見方によって変わるが、事実と実物だけは絶対不変である」
「過去を物語としてではなく、過去を考えて、未来を思う。その為には、『正しい情報からしか、正しい結果がでない』『正しい過去からしか、正しい未来を考えられない。』その為にも、良かった歴史、悪かった歴史、両方見てもらいたい」
戸髙館長の至言である。戦争は根本的に「二度と起こしてはいけない」、という事が戸髙館長の思想だ。「あの戦争は正義だった。」「あの戦争はアジア征服の為の侵略戦争だった。」…戦争については様々な立場から様々な解釈や様々な意味付けがされることが多々ある。しかし、歴史は時間が経つほど、誰かに都合の良い「物語」へ伝言ゲームのように「漂白」されていく。戸髙館長も「戦争を知る人間」が、大和ミュージアムを開館してからの21年の間にかなり物故してしまった事を嘆いていた。
戸髙館長の、大和ミュージアムの軍事博物館としての基本スタンスは、「起こった『事実』、実際に使用された『実物』をありのままに展示すること」である。歴史学にも様々な解釈が存在する。それは「事実」をどのような切り口で意味付けするか、という視点で語られるからだ。事象に対しての、解釈や意味付け、切り口は、時代によって変容する。しかし、「その事象そのもの」という事実は絶対不変である、という事が戸髙館長の哲学の核心だ。戦艦大和を建造した。零戦を設計した。人間魚雷「回天」を製造した。南方の激戦地・ニューギニアで約18万人の日本軍兵士が亡くなった。呉空襲で呉海軍工廠と在泊艦船は甚大な被害を受けた。これらは「事実」だ。
大和ミュージアムに展示されている「1/10スケールの戦艦大和の模型」は、最新の研究に基づき「忠実に」作りこまれている。これは、なるべく「その当時の戦艦大和」の「実物」に少しでも近づけようとする、戸髙館長の戦艦大和に対する誠実さの表れではないのだろうか。
二度と戦争を起こさない為には、「何が起きて」「どのようなものが使われたか」、「正しい情報=無垢な事実」を知る必要がある。その「無垢な事実」に対する、様々な切り口からの分析・意味付け(歴史の解釈)を知った上で、「どうしたらあのような戦争が起こらないようにするか??」=「正しい未来」を考えてほしい、という祈りこそが、私が戸髙館長の発言・著作から感じ取った『戸髙館長の哲学』だ。事実を知ることは、自らの人生、自らの未来を統治する責任を引き受けることではないのだろうか。
