海とレモン
日頃お世話になっている劇団忍の座長から「お話書いて♪」と頼まれたら断るわけにはいきません。
persiさんの画像・楽曲からイメージしたお話を書いてみました。
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海とレモン
海の言葉がわかる――そう気がついたのは、レモンが7歳頃のことだった。
「お母さん、今日の海はとても機嫌がいいみたい」
「そうね、とっても穏やかね」
レモンの母は、いつも娘の話に合わせて相槌を打っていたので、レモンはそれが自分にしかない能力であることに、大人になるまで気づかなかった。レモンの両親は、娘が単に海の状況を擬人化しているだけで、海が意思や言葉を持っているなどと、信じてはいなかった。
やがて、自分以外に海の言葉がわかる人間がいないとわかると、レモンは孤独を感じるようになった。ひとりで浜辺に来ては、海の語りに耳をすませた。それは、言葉と呼んでいるが言葉ではなく、海の意思が直接レモンの感情に干渉してくるものだった。
寄せては返す波の音は、始まりも終わりもない。その音を聴いていると、海から様々な物語がレモンの心に流れ込んできた。喜びや怒り、悲しみのような感情であったり、海の中で起きている出来事を伝えてきたり、時には宇宙と対話した内容を教えてくれることもあった。
レモンはこのことを誰かと共有したくてたまらなかった。毎日ネットで世界中の情報を漁り、同じような能力を持つ者がいないか探し回った。
そしてついに見つけた。
アトラス博士。彼は海の言葉をひとりで研究していた。レモンは、ほとんど身一つで、彼の元へ飛び込んでいった。
海岸の傍に居を構え、ふたりでの研究が始まった。
レモンは、長い間の孤独が癒されていくのを感じた。同じ能力を持ち、話を共有できる相手がいる喜び、そして、海への好奇心を抑えることなく探求していく研究へのやりがいに、毎日が充実していた。
アトラス博士も、レモンと同じように孤独を感じていた。しかしそれ以上に、海から伝えられる情報を世の中に発信しなければ、という使命感で研究に没頭していた。レモンという共同研究者が現れたことは、彼にとって願ってもないことだった。
ある静かな夜、ふたりは並んで浜辺に座り、波の音を録音しながら海の気配に心を澄ませていた。
「レモン、君はどう感じてる?」
アトラス博士は、今の海の意思を、レモンがどう受け取っているか尋ねた。レモンは目を閉じて答えた。
「しあわせ」
嵐が近づいている夜のことだった。アトラス博士は動揺を隠せない様子で小舟の準備をしていた。レモンはその腕を掴んだ。
「待って、アトラス博士。こんな夜に海に出るなんて」
アトラス博士は、彼女の手をそっとはずした。
「海が僕を呼んでいるんだ。行かなきゃ」
「……アトラス博士!」
それきり、彼は戻らなかった。
レモンはまた孤独になった。
海は相変わらず彼女に多くのことを伝えてきたが、アトラス博士がどうなったのかは教えてくれない。
潮風に吹かれながら、レモンはひとり呟いた。
「ずるいわ。私の話は聞いてくれないのね」
波が少し、ためらったようだった。
そのとき、レモンの心に確信が届いた。
この海のどこかに、彼は「いる」と。
「そう……」
レモンは海に微笑んだ。

