見出し画像

ピルを辞めた日、家を買った

これは私のドキュメンタリー。
実際に起きている話。
いつか振り返った時に、できるだけ鮮明に思い出せるように記録していく。

第1章 ピルを辞めた

結論から言うと、10年飲んでいたピルを辞める決心をするまでの話。
そして、ヤーズフレックスは辞めておけという話。
(※なお、個人的見解につき及び医療的根拠なし)

大学2年生の頃、ちょうど20歳だったかしら。
当時自分の生理が過多出血で、PMSが酷かったことをまだ知らなかった。
大学の授業は90分。塾のアルバイトは1回の授業が80分。私のナプキンは1時間も保たなかった。
毎回お気に入りのワンピースを血だらけにし、
お手洗いでは便器を血だらけにし、
大学でも塾でも自分の椅子を血だらけにしていた。
血は水で落ちるし、椅子にハンカチを敷いて多少防ぐこともできたからそんなに問題だとは思わなかった。
それよりも貧血が酷かった。
今思えば過多出血だから、そりゃそう。
どのくらい酷かったかというヘモグロビンが1桁数値だった。(通常は2桁あるらしい。)
それも輸血が必要なギリギリラインだった。

大学の期末試験当日に貧血で救急車を呼んだ日があった。
本当に目の前が白黒の砂嵐になって、体に力が入らなくて近くのスーパーに駆け寄り、階段付近で倒れ込んで自分で救急車を呼んだ。
またある日は、大学の校門まで行けたのに急に立ちくらみで歩けなくなって入口の警備員さんに車椅子を手配してもらって保健室まで直行した。
私立大学だったから、保健室にはそれなり大きなベッドが4つくらいあって、車でお母さんが迎えに来てくれて後部座席で横になって帰ったりもした。

救急車で運ばれた日は輸血をした。
当時ブラックコーヒーが大好きで、コンビニで1杯108円のコーヒーマシーンで豆を挽いてくれるのを1日2回必ず飲んでいたのに、輸血したその日から飲めなくなった。飲みたいと思わなくなった。

思い込みかもしれないけど、輸血は誰かの自分じゃない人の血だから、好みが少し変わったのかなと。周りの友達は私がコーヒーを飲まなくなったことをすごく驚いたと言っていた。

鉄剤を飲むようになって、胃の中で鉄が錆びないように胃薬かなんかも一緒に服用していた。
人よりもちょっと重い生理、くらいに思ってた。
高校生の時だって、保健室に毎回湯たんぽを借りてお腹に当てていて、猛烈な眠気は夜な夜な夢中になっていたmixiのせいだと思っていた。

婦人科に行ったのは多分この頃から。
ピル(ヤーズ)で血の量を減らせることを知って、薬を飲むようになった。
血の量がグッと減った。感動した。
1時間も保たなかったナプキンが3〜4時間は保つようになった。
夜用ナプキンからお漏らしをすることも、
シーツもお洋服を汚すこともなくなった。
安くはないけども、費用対効果は感じていた。
それに生理不順も解消された。
ピルならいつ生理がきて、逆にいつまで生理が来ないのか可視化できるようになったから旅行や遊びの予定も立てやすくなった。
生理が軽くなった気がした。
でも変わったのは血の量だけ。
異常に眠いし、頭は痛いし、お腹周りも漢方を飲まないと生理痛はあるし、メンタルも不安定。
でも得られるものは大きくて、飲み続けていた。

血の量は確かに減ったけど、変わらず2日目はしんどいし、生理前は食欲乱れて体温も上がってなんかふわふわするし、急に壁を殴りたくなる。
なんとなく重い月と軽い月が交互に来ていた。
とはいえ仕事を休んだりもするし、ひどい時は朝起き上がれなくて仕事に行けなくて、連絡すらできなくて、無断欠勤をしたこともあった。
緊急連絡先のお母さんに上司から連絡がいって、お母さんも仕事中だったけど帰ってきてくれて、
めちゃくちゃ怒鳴られた記憶がある。

社会人として無断欠勤はよくない。でも私の生理は限界を迎えていたから、向き合いきれなかった。私は、私の生理を支えきれなかった。
婦人科の先生から生理をそもそも無くせる話を聞いた。でも本来、1ヶ月に1回くる身体の自然な流れを薬でコントロールして、自然な仕組みをこれ以上制御するのは怖くて断っていた。

会社運が無さすぎたのか若気の至りでベンチャー畑にいたからか、会社都合退職を3社連続で喰らい、20代はほとんど転職をしていて、転職回数のフィルターにも引っかかりやすくなって毎回もう正社員は厳しいかも...という戦いになっていた。
それでも年収を下げれば仕事はゴロゴロあって、でもやっぱり生理だったり新しい環境のストレスで仕事が続かなくて、仕事を安定させる為に、生理も安定させる必要があって、ヤーズフレックスに切り替える決心をした。
ヤーズフレックスは最大で120日間、薬を飲み続けていれば生理を止めることができる。
ヤーズと正直値段は変わらない。
それに毎月の生理を無くすことができる。
少しでも長く仕事が続けられるように、
自分の力で防げる手は打っておきたくて、
ヤーズフレックスに頼るようになった。

確かに生理は毎月来なくなった。
私はなんか怖くて90日生理を止めるコースにして、3ヶ月に1回生理が来て、婦人科受診してまた3ヶ月分ピルをもらってを繰り返していた。
それでも3ヶ月に1回の生理はやっぱりしんどくて会社を休むことは変わらず続いた。
でも毎月ではないから休むペースも3ヶ月に1回で、気持ち的にも毎月同じ時期に休むよりマシだと思った。

ここまで読んだら、生理辛くてピル飲み始めて、でも仕事続けるためにヤーズフレックスに切り替えた、で上手く行ってる話に聞こえるよね。

本題は実はここから。
私の体は12歳で生理が来てから15年近くは、
1ヶ月に1回必ず生理が来ていた。
だからなんとなくそろそろ生理だな〜って身体が覚えてて、全然備えられてはなかったけど、毎月のイベントだから仕方ないと思えていた。
それがヤーズフレックスにしてから変わった。
まず身体が3ヶ月に1回の生理を覚えられない。
15年染み付いた身体の仕組みを急には変えられない。でも薬を飲んでいれば表面上は変わる。

つまり、
・3ヶ月も生理がこないと、生理を忘れて楽しめる時間が増える分、いざ生理が来ると身体がびっくりして血が出ることに新鮮に恐怖を感じるし、新鮮な気持ちで生理痛、PMSを受け入れる必要がある

まだ噛み砕けてないけど
・婦人科の先生は「生理を止めていた分、生理の重さはその分上乗せにはならない」とのこと。
つまり
・3ヶ月ぶりの生理は3倍の辛さではない。

でもこれ仕組み的にはそうだけど、私の体感としてはかなりズレていた。

まず毎月生理が来てないから、不思議と身体が生理痛の痛みとかナプキンに染みつく血の色とか股から血が出る感覚とか私の場合、忘れてる。
生理そのものに悩まされていた人生だったから、生理が終わったら一刻も早く生理を忘れるように私の脳が生理機能を一旦全て削除するイメージ。
それが3ヶ月も続くんだし、3ヶ月生理に悩む必要もなくて、最高に体は元気でフリーダム。
ヤーズフレックスの醍醐味を完全に掌握していた。

一方で3ヶ月目に生理が来る直前になって、前回が重い生理かも軽い生理かも忘れてるから、初めて初潮を迎えた気持ちで生理に対して漠然とした不安が出てくる。そして、身体が生理を忘れて平和ボケしてる最中に突然戦争が始まる。

これを3ヶ月に1回繰り返す。年4回。
たかが春夏秋冬かもしれない。
毎月のイベントが季節ごとの日本らしいイベントに変わっただけかもしれない。

でも毎月来ていたなら、多少は先月こうだったから今月はこうかなとか予測できるし、周りもまあまあ毎月のことだしねって流してもくれる。
でも紛れもなく元気で安定している3ヶ月があるからこそ、急なその日の意味付けが重くなる。そう先生は絶対言わない、しんどさ3倍になる。

そして先月は生理がないから何でもできた自分がいたからこそ、生理のせいで何もできなくなる自分に耐えることができない。先月の勤務退勤は当たり前だけど欠勤はないわけで、それが翌月欠勤だらけになる。周りも女性ですらヤーズフレックスを飲んでいる人はまだレアケースだから、共感しにくいところではある。
毎月同じ時期に休むのと、回数は減るけど気持ち的にも痛みの受け取り方も3倍しんどい、3ヶ月ごとの欠勤は全然意味が違うと思ってる。
どっちも生理休暇にできるけど、名目上は同じ生理休暇だけど、ヤーズフレックスによる生理休暇を理解してる会社なんてまだないだろうから、自分でも同じ生理休暇だけどやっぱり大きく違う。

ヤーズフレックスで得られた生理がない期間は確かに素晴らしい経験だった。でも、いざ生理が来る前になると怖くて仕方がなかった。身体がせっかく忘れてくれたあの恐怖、苦しみをまた0から目覚めさせる作業が私には耐えられなかった。

だから私はピルを辞める決心をした。
ピルで得られる元気な身体とその代償が抱えきれなくて、自分の本来の生理と向き合うことにした。
10年間、ピルには本当にお世話になったし、素敵な夢も悪夢も見させてもらった。

最後に、
生理が重かった私は何のためにこの生理があるのか、なぜ生理に耐えなければいけないのか、この痛みの代償は必ず報われなければいけない、と考えるようになった。
ただしんどいだけのシステムで閉経したくない。
私の人生において生理はこの為にあったのかと、ちゃんと理解するためにも妊娠、出産をしたい。
これもピルを辞める理由のひとつ。

ちゃんと自分本来の生理を理解して、ちゃんと本来の目的で生理を利用してあげたい。それが自分を救う唯一の方法だと思ってる。

長くなってしまったので、第二章 家を買った話はまた今度書きます。

いいなと思ったら応援しよう!