第5話  宙を睨む男


母の闘病も一旦落ち着いたこともあり、

3年の月日を経て、迷いや不安を抱えたまま、私たちはようやく結婚することになった。気づけば34歳になっていた。


結婚前提だったはずなのに、煮え切らない彼には何度も参った。

喧嘩は増える一方だったのに、私は“結婚したい”という気持ちだけに囚われ続けていた。


それでもなんとか、親への挨拶が決まった。


彼の両親は気難しいと聞いていたが、私は不安など感じなかった。

誰とでもうまくやれる自信があった。

…今思えば、それは職業柄というより、ただの思い上がりだったと思う。


彼の両親と会う当日。緊張はしていたけれど、

私にとっては「ひとつひとつ、タスクを終わらせること」が最優先だった。


彼の実家は、想像以上に立派な家だった。

父親は2代目の社長だという。


玄関では、彼の母が迎えてくれた。

少し落ち着きのない、せわしない印象の方だった。


……と、同時に。


けたたましく吠える犬が玄関に飛び出してきた。

今にも噛みついて飛びかかってきそうな勢い。

その瞬間、心に冷たい風が吹いた。


「あぁ、ここにも……」


お母さんは「ダメよダメよ」と言いながら、その犬を必死に抱きかかえていた。

その横で私は、吠え続ける犬に愛想笑いを浮かべるしかなかった。


そして、リビングに通された。


恐ろしく広いリビング。

立派な大きなソファには、腕を組み、足をテーブルに投げ出し、宙を睨みつけている男性がいた。


おそらく、彼の父親だった。

その険しい表情から、歓迎されていないことは一瞬で伝わった。


まだ来訪してから2分も経っていなかったと思う。

とりあえず名乗り、挨拶をしたそのタイミングで、せわしないお母さんが慌ただしく口を開いた。


「せっかく来てくれたのにごめんね!今日、主人風邪を引いてて……またゆっくり来てね!」


そう言うが早いか、私たちは再び玄関へ。


お母さんは小声で

「また日を改めようね。ごめんね、ありがとうね」

と、けたたましく吠え続ける犬とともに、私を見送った。


……それは、わずか3分間の出来事だった。


そしてその間、

彼は一言も発しなかった。

※読んでくださってありがとうございます!ふ

あのとき引き返すことはできた。

でも私は、結婚したい気持ちを理由に、何も見ようとしなかった。

今思えば、彼だけが悪かったわけじゃない。

私もまた、自分をごまかしていた。




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