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【連載】~ 昭和パソコンオタク列伝~ 第5回:「フロッピーディスク革命!」〜君は5インチを知っているか?〜


【冒頭】ピーガーからウィーンへ──記憶の音が変わった日

パソコンに向かうとき、かつて私たちが聞いていたのは「ピーガー…ガガガ…」というテープの読込音だった。データレコーダーにカセットテープを差し込んで、再生ボタンを押す。少しでもボリュームの設定を間違えればエラー。プログラムは無情にも「Found: BASIC」とはならず、最初からやり直しだった。

そんな時代に突如として現れた救世主。それが――フロッピーディスクだった。5インチフロッピーディスクは正確には「5.25インチフロッピーディスク」でミニフロッピーディスクとも呼ばれた。それ以前は8インチフロッピーディスクがあったものの、8インチフロッピードライブはデスクの上に載せるには大きすぎたことから、小型化が要求され開発されたもので、5インチフロッピーディスクはコンピュータにとって必要不可欠なものとなり、広く普及していった。

「この“巨大な”記憶媒体が時代を動かした。保存容量は驚きの約140-160KB程度!」
                           (出典:Wikipedia)
左から8インチ、5インチ、3.5インチのフロッピーディスクドライブ(出典:Wikipedia)

初めてドライブに5インチフロッピーを差し込んだ瞬間の音。「カコッ」「ウィーン…」というメカニカルな駆動音。あの音を聞いたとき、私は思った。

「これが、未来か。」


【1章】テープ地獄からの脱出

当時のカセットテープでのロード時間は、短くても3〜5分。長いゲームや大きめのデータは10分以上かかることもざらだった。その間、ひたすら待つ。何もできず、ただ“成功”を祈りながらスピーカーからのノイズを聞き続ける。

その一方、フロッピーならわずか数秒で読み込み完了。この差は、もはや時間の節約という次元ではなく、パソコン体験そのものを変える革命だった。

「待たなくていい」──これは、私たちにとって未知の感覚だった。


【2章】5インチの衝撃と洗礼

初めて手にした5インチフロッピー。その“ペラペラ感”と“柔らかさ”に戸惑いつつも、黒くて四角いその姿には、どこか「特別な道具」というオーラがあった。

しかし、すぐにわかったことがある。

めっちゃ壊れやすい。

・強く曲げると一発アウト
・磁気に弱い(ラジカセの近くに置いて地獄を見た人、手を挙げて)
・ラベルを何度も貼り替えてベタベタにするのもご法度

それでも、テープには戻れなかった。スピード、信頼性、そしてカッコよさ。すべてにおいてフロッピーは“進化”の象徴だった。


【3章】フロッピードライブは高嶺の花だった

だが、このフロッピー革命をすぐに体験できたのは、一部の“選ばれし者”だけだった。

1980年代初頭、フロッピードライブは片面片密度で1台5万円超、両面両密度なら10万円近くした。中高生には手の届かぬ夢。雑誌『マイコンBASICマガジン』の広告を見ては、溜息をつく毎日だった。

電気街で展示機を見かけると、そっとドライブに耳を傾ける。「ウィーン…」というあの駆動音だけでご飯3杯いけるほど、我々は飢えていた。


【4章】時代を動かした“保存”の進化

5インチフロッピーの登場は、単に「読み込み時間が短くなった」だけではない。もっと本質的な変化があった。

それは――

「自分のプログラムを保存できるようになったこと」

カセットは扱いづらく、失敗も多かった。しかしフロッピーなら、自作プログラムやゲーム、データベースまで簡単に管理・保存できた。これにより、パソコンは“読む”だけの機械から“創る”ための道具へと進化していった。


🔹 オタクポイント:5インチディスクの“穴”の意味、わかるか?

5インチフロッピーの中央には大きな丸い穴があり、さらに角には小さな“切欠き”があった。実はこれ、書き込み禁止に使われていた。テープとは違い、物理的な“穴”で記録の可否を管理していたのだ。

この“切欠き”にセロテープを貼って書き込み不可にするという、裏技を知っている人は立派な昭和オタクである。カセットテープはツメを折ることで録音できなくなり、テープを再利用するためセロテープを貼ったのと同じ原理だ。


【まとめ】時代を分けた“音”の記憶

今、あの「ピーガー音」を聞くことはもうない。けれど、あのノイズもまた、私たちの記憶の一部として心に残っている。

しかし、「カコッ」「ウィーン…」という静かで洗練された音が登場したとき、パソコンは“遊び道具”から“創造のツール”へと進化したのだ。

フロッピーディスクは、ただの記録メディアではなかった。未来への扉を開く鍵だった。


【次回予告】

📘第6回:「会社にやってきたオフコン」〜FACOMの時代〜

パソコン少年が社会に出て最初に出会ったのは、事務机くらい巨大なコンピューター「オフコン」だった――。

80年代初頭、日本のオフィスを支配していたのは、NECでもシャープでもなく、富士通のFACOMシリーズという“オフコン(オフィスコンピュータ)”だった。キーボードもプリンターもOSも全てが専用機器で、そこにあったのは、帳票、伝票、そしてCOBOLという“事務処理の言語”だった。

だが、この異質な世界にこそ、パソコンとは違う“リアルなビジネスの匂い”があった──。


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